第12話:回れ右して今すぐ帰れ

 昨日と打って変わって何事もなく、平穏無事に高校生活二日目を終えることが出来た。

 ちょっとした休み時間や和田と昼飯を食べている時に他クラスの生徒が覗きにやって来て多少鬱陶しくはあったが、それ以外はごく普通の一日だった。


「今日も帰るのか、五木? 部活見学とかしていかないのか?」

「そのつもりだよ。今のところ部活に入る気はないからな。まぁ止められているから入りたくても入れないっていうのが正しいんだけど」


 上京するにあたり、爺ちゃんと葛城先生から口酸っぱく言われたことがある。それが〝部活には絶対に入るな〟だった。理由を尋ねても教えてもらえず、むしろ呆れてため息を吐かれた。解せぬ。


「そういうわけだから大人しく今日も帰るよ。悪いな」

「謝ることじゃねぇよ。仮に見学に行くとしても俺はもうバスケ部に入っているから一緒には行ってやれないからな」

「頑張れよ、新入生期待のエース」

「任せろ! 俺がこの学園を全国優勝に導いてみせるぜ!」


 そう言ってニカッと快活に笑う和田。根拠のない言葉。だがこの男なら本当に成し遂げてしまいそうな不思議な力がそこにはあった。


「そろそろ俺は行くわ。今日は噴水に入るんじゃねぇぞ?」

「二日続けてやったらさすがにヤバイ奴だろ……」


 それにあれは環奈がスマホを噴水に落としたからやむを得ず行ったこと。何もなければそんなことは絶対にしない。と言い訳するより早く和田はカバンを肩に引っ掛けて颯爽と教室から出て行った。


「台風みたいな奴だな……」


 思わず苦笑いを零しながら俺も立ち上がり、教室を後にする。

 今日はスーパーに寄ってから帰ろう。それなりの金額が生活費として海外にいる両親から振り込まれてはいるが外食ばかりではあっという間に底を尽く。


「自炊をして節約しないとなぁ。でも一人分を作るって面倒なんだよなぁ……」


 あとは一緒に食べてくれる相手がいないことや美味しいと言ってくれる人がいないというのも寂しかったりする。爺ちゃんに喜んでほしくて頑張っていたところもあるからなおさらだ。


「ハァ……自分が情けない」


 新生活が始まってまだ一週間も経っていないのに早くもホームシックになりつつあることに思わず自嘲する。ただこれは最初だけで、環境に適応すれば気にしなくなることは頭では理解している。

 俺は一度深呼吸をしてから気を取り直し、手早く買い物を済ませて帰宅する。落ち込んだときは美味い飯を食べて風呂に入って早く寝るに限ると爺ちゃんも言っていた。

 故郷の家族の言葉通り、夕食を食べて温かい湯船に浸かったら不思議と元気が湧いてきた。俺が単純なだけかもしれないが。


「さて。寝る前で何をしようか。テレビでも観るか?」


 田舎と違ってこっちには娯楽がたくさんある。だが言い方を替えれば溢れてもいるので逆に何をしたらいいかわからなくなってしまう。大人しく予習でもするかと思いかけたところで来客を告げるチャイムが鳴った。


「こんな時間に誰だ?」


 時刻は現在21時を過ぎたところ。送られてくるような荷物はないので考えられるのは何かの勧誘か。葛城先生も〝詐欺まがいの連中が来ることもあるから気を付けるように〟と言っていた。

 居留守を使ってもいいが、幸いにもこの家のインターフォンはカメラ付き。ドアを開けなくても訪問者を部屋の中で確認できる優れものである。


「一体誰が訪ねてきたのやら───って環奈?」


 室内モニターに映し出されていたのは私服姿の幼馴染だった。何故かその手には旅行用と思しき大きなキャリーケースが握られている。仕事帰りにわざわざ立ち寄ったのか、なんてことを考えていたら再びチャイムが鳴り響く。それも一度や二度じゃない。ピンポンのポンが鳴る前にまたピンが鳴るレベルだ。


「あぁ―――もう! わかったからちょっと待て!」


 せっかちを通り越して恐怖を覚える連打を止めさせるべく急いで玄関に向かう。扉を開けると頬を膨らませてご立腹な様子の環奈が仁王立ちしていた。


「ねぇ、陣平君。どうしてすぐ開けてくれなかったんですか? まさかと思いますが、居留守を使うつもりだったわけじゃありませんよね?」

「ハハハ。まさか! そんなわけないだろう。それよりこんばんは、環奈。こんな時間に何の用だ?」

「こんばんは、陣平君。何の用も忘れてしまったんですか? 昨日震えて待つようにって言いましたよね? それを実行しに来たんです」

「つまり……どういうことだ?」


 不敵な笑みを浮かべる環奈。話が見えないどころか、この幼馴染が何を考えているのかさえわからない。そんな俺の心境をガン無視して、環奈は舌を出し、てへっと可愛く笑いながら予想外の爆弾を投擲してきた。


「陣平君、今日から私もここで住むことにしました!」

「よし、わかった。回れ右して今すぐ帰れ」


 俺が即答したのは言うまでもない。

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