第4話:幼馴染と会話をしただけなのに
日常生活じゃまず耳にする機会のない四字熟語。現に一瞬前は青ざめていた和田もわけがわからずポカンとしている。立ち直りが早い。
「身の程を弁えろって……十数年ぶりに再会した幼馴染にかける言葉にしては辛辣すぎじゃないか?」
「初対面で〝覚えているか?〟って尋ねてくる人にかける言葉としては適切だと思いますが? というか私の言っていることがわかっている……?」
口を閉じ、顎に手を当てて思案顔になる環奈。教室の中は近く者同士でおしゃべりをして喧噪に包まれているが俺の耳に雑音は入ってこない。ただじっと、彼女が次に発する言葉を緊張しながら待った。
「も、もしかして……陣平君、ですか?」
一分にも満たないはずなのに永遠とも思える時間が経って、環奈はわずかに声を震わせながら恐る恐る俺の名前を口にした。
「覚えていてくれて嬉しいよ、環奈」
「本当の本当に、あの陣平君!? 十年とちょっと前に私とよく一緒に遊んでくれた五木陣平君ですか!?」
心なしか語気と鼻息が強くしながら、ずいっと身体を近づけてくる環奈。子供の頃ならいざ知らず、成長して超が付くほど可愛くなった幼馴染に接近されたら否が応でも別の意味で心臓の鼓動が速くなる。
「そ、そうだよ。昔よく一緒に遊んだあの五木陣平君ですよ」
久しぶり、ともう一度言おうとしたところで環奈が両手で俺の手をギュッと握りしめてくる。柔らかく白魚のような彼女の手は小刻みに震えていた。
「うそ……信じられません……また会えて嬉しいです、陣平君。私がいなくなった後も元気にしていましたか?」
無理やり作った笑顔。大きな瞳には膜が張っており、キラキラとした雫石が今にも零れ落ちそうになっている。
「ぼちぼち、って言ったところかな。爺ちゃんの手伝いをしたり、それなりに元気にしていたよ」
「お爺ちゃんの手伝いというともしかして狩猟ですか? 危なくないんですか?」
「気を抜いたら危ないけど、その辺りは爺ちゃんに散々仕込まれたから大丈夫。それより環奈、一ついいかな?」
「ん? なんですか?」
キョトンとした表情で小首をかしげる環奈。過去何度も観た仕草のはずなのに破壊力が段違いだった。俺は一つ咳払いをしてから、
「えっと……そろそろ手を離してくれると助かるんだけど……」
「―――!!?? ごごご、ごめんなさい!!」
ひっくり返りそうな勢いで慌てて手を離し、ついでに俺から距離を取る環奈。加えて湯気が出そうな程顔を赤くしている。昔は手なんてよく繋いでいたけどさすがに大勢の人の前で堂々とするのは初めだったからな。さすがに俺も恥ずかしい。
「いや、別に謝ることじゃないんだけど……」
「つ、積もる話はたくさんありますがこの辺で私は一旦席に戻りますね! 先生もそろそろ来ると思いますから!」
それじゃ、と言い残して環奈は風となって元いた場所へと戻っていく。そして席に着くや否や机に突っ伏してしまった。情緒がどうなっているのか心配になる。
『花園環奈と会話が成立していた……だと!?』
『というかやけに親しくなかったか? 距離感おかしくなかったか!?』
『まさかあいつが噂の特待生か?』
教室が別の意味でざわつき出すが気にせず席に着く。そんな俺を見て前の席に座っている和田がしみじみと呟く。
「なるほど、五木が花園環奈のことを知りたがった理由がわかったぜ」
「環奈とは幼馴染なんだよ。こうして会うのは久しぶりだけどな」
「しっかり会話できたのも納得だわ。すごいな、五木は」
「別にすごいって言われるようなことは……」
むず痒いというか気味が悪いというか。ただ俺は再会した幼馴染とただ普通になんてことのない話をしただけだ。
色んな意味でこの先どうなっていくのか期待と不安に胸を膨らませたところで教室の扉がガラガラッと開いた。入ってきたのは葛城先生と同じか少し年下くらいの若い女性。その後ろには落ち着き払った優しそうな初老の男性。どうやらこの二人がこのクラスと担任、副担任のようだ。
「みんな、入学おめでとう! このクラスの担任をすることになった
そう言ってアハハハと快活に笑う簾田先生。この自由放任な感じに俺は既視感を覚えつつ、同時に楽しい一年になるだろうなと確信した。
※次話の更新は3月18日の8時を予定しております。
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