第3話:再会の言葉に泣かされました

 この広い体育館に集まった全ての人間の視線を一身に浴びながら、堂々とした佇まいで壇上に立つ幼馴染。立派になったその姿に思わず目頭が熱くなる。


『春の息吹が感じられる今日、私達は天橋立学園高校に入学いたします。本日は私達のために、このような盛大な式を挙行していただき誠にありがとうございます。新入生を代表してお礼申し上げます』


 静謐な声が響き渡る。どことなく艶美さを感じる声音だが、そこには確かに俺が知っている花園環奈の面影が感じられた。


求不得苦ぐふとくくな日々だった高校受験を乗り越え、この場に立てていることに恐懼感激きょうくかんげきしております。

 これまでは両親を初め、多くの方々の力を借りて過ごしてきました。まだまだ子供で未熟な、浅学非才な身ではありますが、気宇広大な人間になるべく先輩方の背中を見ながら成長していきたいです』


「……ん?」


 いきなり聞き馴染みのない四字熟語がいくつか出てきたな。言わんとしていることはわかる。特に不自然というわけでもない。だが如何せん言葉のチョイスが難解だ。そのせいで会場全体からクエスチョンマークが出始めている。


『そしてこれから天橋立高校の生徒として相応しくあるよう博学篤志はくがくとくしを心掛け、常に一往直前いちおうちょくぜん高鳳漂麦こうほうひょうばくしていきます。今日から始まる三年間、不撓不屈ふとうふくつの構えで日々是精進ひびこれしょうじんしていくことを誓います。

 校長先生を初め先生方、先輩方、どうか暖かいご指導ご鞭撻のほど何卒よろしくお願いいたします。

 以上をもちまして、新入生代表の挨拶とさせていただきます。花園環奈』


「―――ぶはぁ!?」


 我慢できずに思わず吹き出してしまった。式辞で三段跳びのホップ・ステップ・ジャンプをするんじゃない。役目を果たした、やり切ったぜって顔で壇上から降りているけど会場はお通夜状態だって気が付いているか。一周回って何を言っているかみんなわからず困惑しているぞ。

 でもその一方で確信した。この言葉の使い方は間違いなく俺の知っている花園環奈であると。昔から頭が良くて、どこで覚えてきたのか難解な四字熟語を会話の端々に使うから俺以外の子供達は何を言っているかわからず気味悪がられていた。友達が俺しかいなかった理由である。


「何だよ……変わったのは見た目だけで中身は全然昔のままじゃないか」


 十数年経って落ち着くどころかむしろ悪化している幼馴染の姿に安堵のため息が口から洩れる。ただ同時に気掛かりなのは引っ越してから今日までどう過ごしてきたかだ。

 こっちでは友達は出来たのか。俺がいなくても意思疎通は出来たのか。いじめられたり、はぶかれたりして寂しくて泣いたりはしていなかったか。過保護すぎる兄のようだと自覚はあるが、心配せずにはいられないのが花園環奈という存在なのだ。


「早く話しかけたいな。環奈の反応次第では入学早々お通夜な気分になるかもしれないけど」 


 不安はある。でもそれ以上に一秒でも早く話がしたかった。離れ離れになってからどんな日々を過ごしてきたのか知りたいし話したい。意図せずして出来てしまったこの溝を埋めたい。今はただそれだけ。


「あぁ……入学式終わらないかなぁ」


 環奈が退場した後は起立しての校歌斉唱。正直歌詞も何も覚えていないので全力で口パクをして誤魔化す。この後は司会より閉式の辞が述べられ、来賓や両親、在校生から盛大な拍手で見送られながら俺達新入生は体育館を後にする。

 その足で向かう先は一年間過ごすことになる教室。適当に座るように言われて各々席に着く。これから待ち受けるのは担任と三十名のクラスメイトの自己紹介タイム。ここで躓きたくはないが、ようやく訪れた自由な時間だ。環奈が座っている位置を確認して立ち上がろうとした時、


「まさかと思うが花園環奈に話しかけにいくつもりか?」


 たまたま前の席に座っていた男子生徒がどことなく呆れた顔で声をかけてきた。まるでレベル1の初期装備でラスボスに挑みに行こうとしている馬鹿を見るような目。そう感じるのは俺の気のせいだと思いたい。


「……そうだけど、声をかけにいったらダメなのか?」

「悪いことは言わない。花園環奈はやめておいた方がいいぞ」


 どうしてそんなことを言うんだ、と尋ねるよりも早く男子生徒は懐からスマホを取り出して手早く何かを検索。その画面を俺に見せてきた。


「〝世界が注目! 現役中学生社長、花園環奈さん〟? へぇ……環奈は社長なのか。まぁ昔から頭良かったし不思議じゃないな……ってちょっと待て。学園案内のパンフレットに載っていた社長ってもしかして……?」


「おいおい、知らなかったのか? この学園の生徒で花園環奈のことを知らない奴はいないと思っていたんだが……さてはお前、外様組だな?」

「そうだけど……いつの間に有名になっているとは。驚きだ」


 ちなみに外様組というのは外部から受験を経て高等部に入学してきた者のことを指す。初等部や中等部から天橋立学園に通っていた生徒のことはもちあがり組、内部組と呼ぶそうだ。


「まぁ外様なら知らなくても無理はないが、こうしてネットで記事になるくらいに有名だから情報に対する感度が相当低いな」

「あいにく田舎出身なもんで。トレンドってやつに疎いんだよ」

「そういうことか。なら高校から上京して一人暮らしか。困ったことがあったらいつでも聞いてくれていいぜ。助けになるからさ。あっ、俺は和田晃わだあきら。よろしくな」


 そう言いながら男子生徒改め和田が手を差し出してくる。その手を握りながら俺も〝五木陣平だ。こちらこそよろしく〟と言葉を返す。


「ちなみにこのクラスには花園環奈の外にも有名人が何人かいるんだが……聞きたいか?」

「いや、それよりも花園環奈はやめた方がいい理由を───」

「仕方ないねぇ。そこまで言うなら教えてやる」


 人の話を聞いてくれ、という願いを込めてジト目で睨むが和田は一切気にすることなく勝手に話を始める。


「まず一人目は浅桜奈央あさくらなおだな。日本女子陸上界の期待の星だ」


 そう言って和田が窓際の席に視線を向ける。その先にいるのは頬杖をついてグラウンドを眺めているウルフカットの女の子。可愛いよりカッコいいと表現した方が適切な美少女だ。


「二人目は笹月美佳ささつきみか。3歳で芸能界デビューした天才子役なんだけど、すまん。どこにいるかわからん」

「ん? どういう意味だ?」

「存在感が薄いというか希薄なんだよ。まぁ見つけることが出来たらラッキーって感じだな」


 なんじゃそりゃと思いながら俺は教室全体を見渡して気配が薄い子を探す。対象はすぐに見つかった。机に突っ伏しているせいで顔は見えないが一番前の席に座っている女の子。あれが笹月美佳か。


「へぇ……こっちは色んな子がいるんだな」

「……さすが肝が据わっているというべきか、それとも鈍感というべきか。普通はびっくり仰天の驚天動地になってもおかしくないんだが、反応が淡白すぎて逆にびっくりぽんだぜ」

「それはさすがに大袈裟だろう。そんなことより、そろそろ花園環奈はやめた方がいい理由を詳しく教えてくれないか?」

「はぁ……あくまでお前さんは花園環奈一筋ってことか。その理由も気になるが、まぁ教えてやるよ」


 和田は呆れ混じりの苦笑いを零してから口を開く。


「まずはあの芸能人顔負けのルックス。モデル、グラビアアイドルも裸足で逃げ出すスタイル。それでいて頭脳明晰で成績も常にトップクラス。それでいて中学の時に起業して今や年商数億の社長。まさに非の打ち所がない完全無欠の美女。それが花園環奈という女の子だ」

「随分と早口な解説だな」

「時折会話の中に挟まれる四字熟語や頭の回転が速すぎる故に会話が成立しないことがあるのが玉に瑕だが、それをチャームポイントと考えている奴も多く、告白して返り討ちにあって屍となったと男は数知れず……故に! 可愛いからといってお近づきになろうなんて考えない方がいいってわけさ!」

「……なるほど。だいたいわかった」


 最後はぐっと拳を握って話を締める和田。彼が相当な事情通であることと環奈が異性から人気があるということは理解できた。だからと言って幼馴染に声をかけにいかない理由にはならない。


「忠告ありがとう、和田。でも俺は行くよ。なにせあいつは俺の───」

「和田君、お話し中のところすいません。陰口を叩くならもう少し声を小さくした方がいいと思いますよ?」


 げぇ、とカエルが潰れたような声を上げる親切な男子生徒。みるみるうちに顔色から精気が失われていく様は面白いが今はそれどころではない。まさか環奈の方からこちらに来るとは思ってもみなかった。


「久しぶり、環奈。俺のこと覚えてるか?」


 俺は席から立ち上がりながら努めて冷静に言葉を投げる。うるさいくらいに鼓動する心臓。緊張で口の中の水分が加速度的に乾いていく。果たして彼女の反応は如何に。

「あなたとは初対面はずですよ? 随分と夸父逐日かほちくじつな方なんですね」


 久しぶりの再会。その第一声は身の程を弁えろでした。泣きたい。


=====================

【あとがき】

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。


話が面白い!環奈可愛い!と思って頂けましたら、


モチベーションにもなりますので、

作品フォローや評価(下にある☆☆☆)、いいねをして頂けると泣いて喜びます。

引き続き本作をよろしくお願いいたします。

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