極彩色になるくらい

西館君が帰った後、僕は部屋でずっとボンヤリとしていた。

好きな漫画を読んで気を紛らわせたいと思ったけど、気もそぞろになり内容が頭に入ってこない。

ただ、眺めているだけ。

頭の中では彼の言葉が沈んでは浮かんでくる。

(俺、そんな趣味ないんだから・・・)

分かっている。分かっていた。

佐和子さんの言うとおりだ。

僕の思いに未来なんて無かったんだ・・・

(これからも会って話さない?)

(気が合うのかもな)

彼の言葉が波にもてあそばれるゴミのように頭に浮かんでくる。

僕は思わず手に持っていたマンガをベッドに投げつけた。

カバーが外れてベッド上で弾む本を見て、自己嫌悪になり本を拾い上げてそっと撫でた。

涙が滲んでくる。


それから1時間ほどだろうか。

色々と考える・・・いや、思い浮かべていた僕は、携帯を持つと西館君にラインした。

瀬川佳子のアカウントから。


佐和子さんに今度の日曜日に会う旨伝えると、少し眉間に皺を寄せて何でも無いような表情をしていたけど、あまり上手くいっていなかった。

「もちろん、メイクはしてあげるけど・・・大丈夫?・・・良樹君が」

「うん、大丈夫。いつもゴメンね」

「それはいいの。でも・・・どうするの?」

僕は俯いて答えなかった。

でも・・・どうするかは決まっていた。

「私がこういう事言っても卑怯だと思われそうだけど。結果を教えて・・・もらえるかな?」

「もちろん。佐和子さんには必ず」

そして約束の土曜日。

僕が待ち合わせ場所の水族館前に着くと、西館君はすでに立っていて所在なげに携帯と建物を交互に見ていた。

「お、お待たせ・・・待った・・・かな?」

緊張で声をうわずらせながら言うと、西館君もぎこちない笑顔を浮かべて言った。

「あ・・・全然!それに瀬川さんと会うなら、待ってるのも超楽しいよ」

「ふふっ、それは言い過ぎです」

口を押さえて笑うと、西館君はパッと顔を紅潮させて俯いた。

「いや・・・本当に。あと、有り難う・・・もう会ってもらえないと心配だった」

「ううん。私こそご免なさい。あの時は・・・私こそ嫌われちゃったかと心配だった」

「それはない!君を・・・あ、瀬川さんを嫌いになることは絶対ない」

西館君の真っ直ぐな視線に僕は思わず視線を逸らせた。

ああ・・・やっぱり・・・好きだ。彼が大好き。


水族館はずっと憧れていた。

もちろん家族と行ったことは何回もあったし、友達とも。

水族館の神秘的で静謐な空間は、何回来ても飽きることが無い。

でも、だからこそ好きな人とのデートで行くことは特別にしたかった。

いつかは本当に好きな人と、この空間と時間を共有したい。

それはどれだけ幸せな事だろうと思っていた。

それが・・・叶った。

僕はこみ上げる幸せを感じながら、同時に泣きたくなった。

1秒を。1歩を噛みしめたい。

二度と忘れないように。

いつでも極彩色になるくらい鮮烈に思い出せるように。

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