何で?

え・・・?

僕は全く予想しなかった展開に理解が追いつかなかった。

なんで・・・

「本当にごめん。今日は・・・君に謝りたくて来た。本当はもっと早くに来ないと行けなかった。でも、行けなかった。それじゃダメだ。きっちり謝らないと、と思って先生に住所を聞いて・・・勝手にゴメン」

「それは・・・いいよ。ただ、ゴメン。何の事?」

そう言うと、西館君は驚いたように顔を上げて僕を見た。

「いや・・・だから、あの時の事。俺を助けてくれただろ」

あ!あの野球部の先輩をやっつけた・・・

そうか、その事。

僕は全身から力が抜けていき、そのままソファに沈み込んでしまいそうになった。

「それは・・・いいよ。気にしないで。僕がしたくてやったんだから」

「そうは行かない。あの後、学校行けなくなったんだろ・・・俺の件で」

クラスを使っての仕返しか。

そりゃ西館君の耳に入らないはずが無い。

でも、あの一件での罪悪感は僕も一緒だ。

いや、僕の方が遙かに・・・

学校は行けなくなってもどうにでもなるし、今のところ不都合は無い。

でも、彼は人生をかけた夢だった。

「それは大丈夫。勉強はしてるし、これからの事も考えてる。今は割に楽しくやってるから。それより、僕こそゴメン。聞いた。野球部・・・辞め・・・たって」

言いながら声が詰まる。

ああ、ダメだ。

気を張ってないと泣き出しそう。

「知ってたのか。気を遣わせちゃったな」

西館君は苦笑いを浮かべた。


 ほっとくとどこかに言ってしまいそうな意識や心を、目の前の珈琲の香りがつなぎ止めてくれてるように感じ、ゆっくりとカップを口に運んだ。

「俺も大丈夫だよ。確かに最初は心が折れそうになったけど、今は・・・もっとハマれる物を見つけたから」

「そうなの?」

「ああ。隣のA町に『アルカ』って言うカフェがあるんだけど、そこでバイトしてるんだ。一時期荒れちゃってた俺を見かねた姉さんからの紹介で始めた。最初は柄じゃ無いと思ったけど、今は紅茶って奥が深いな、と思って滅茶苦茶調べてるよ。紅茶、楽しいぜ」

顔を紅潮させながら話す西館君から目を離すことができなかった。

何というか・・・今まで知っていた彼とは別の人が座っているように感じたのだ。

西館君は西館君だった。

まるで竹のようにしなやかで強い・・・

ポキポキ小枝のように折れる僕とは違う。

「凄いね・・・野球やってた時と同じくらいキラキラしてる」

「・・・おいおい、そんな目で見るなって!俺、そんな趣味ないんだから」

明るく笑いながら答える西館君に、僕も引きつった笑顔を返す。

そう・・・だよね。うん。そうだよね・・・

「だから俺、今すごく充実してるよ。高校出たら本格的に紅茶や珈琲を勉強しようかと思ってる。ホントはすぐにあの店で働きたいけど、店長から大学は出ておけ、って言われてるから、当面大学行きながら勉強する予定だよ」

「うん、西館君ならきっと凄く美味しい紅茶や珈琲出せると思う」

「当然。だから君も一度店に遊びに来てよ。サービスするから。あと・・・最近、もう一つテンション上がる事が増えたんだ」

照れくさそうに話す顔を見て、僕は心臓が大きく鳴るのを感じた。

「・・・何、それ?」


「あ、興味ある?実はさ・・・最近、店に良く来てくれる女の子がいるんだ。その子が嘘だろ!って思うくらい可愛くてさ。それだけじゃなくて、まるでどこかのお嬢様みたいに清楚で品が良くて。その子に紅茶を振る舞うのも楽しみになってきてたんだ。で、この前その子と映画に行ってきたんだよ」

「・・・そうなんだ」

僕はいつしか西館君から目を逸らしていた。

瀬川佳子の事だ。

「ただ・・・多分俺が失礼なことしちゃったんだな。突然彼女泣き出しちゃって。あれ以来店にも来ないから・・・」

僕は何と言えばいいか分からなかった。

ただ・・・無性に泣きたかった。

誰かに思いっきり叫ぶように話をしたかった。

さっきから佐和子さんの顔が良く浮かぶ。

「大丈夫だよ・・・きっと彼女は西館君に対して怒ったり嫌になったんじゃ無い」

「・・・そうかな?」

「うん。きっと、彼女の中で溢れちゃったものがあるんだよ」

「なんか、そう言われるとそうかな、って思う。・・・ってか不思議だな。君に言われると『あ、そうかも』ってスッと入ってくる」

「そんな事・・・無いよ。事情も知らずに勝手にしゃべってるから」

「いや、ホントに君の言葉は入ってくるよ。なんか、しょっちゅう話してたみたいな・・・ゴメン!俺たちほとんど接点なかったのに。キモいよね」

「ううん・・・大丈夫」

もういい。

・・・もう止めて。


「あ、あのさ・・・良かったら俺たち、これからも会って話さない?勝手にアレだけど、気が合うかもな・・・と思って。良かったらライン交換とか」

「あ・・・ラインは・・・ちょっと調子悪くて。直ったら交換しよ」

「分かった。また、家来てもいいか?」

「・・・うん」

断りたいのと嬉しいのが心の中で喧嘩してる。

ああ・・・お腹がモヤモヤする。

「ごめん・・・ちょっと今朝から体調悪くて。そろそろ・・・」

「あ、ゴメン!俺、自分の事ばかり。じゃあ帰るよ・・・またな」

「うん・・・また」

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