雷鳴と稲妻
付き合う・・・
その言葉の意味は理解できたけど、ただの単語が頭の中でグルグルしているようで、自分の事とは思えなかった。
「あの・・・えっとね・・・もっと軽く考えて。そう、お試し!私でとりあえず手を打ってみない?って事。私と付き合う事にはメリットがある。それを説明するから、まず聞いて」
所々声をうわずらせながら、必死にしゃべる佐和子さん。
いつもの本心の見えない、余裕を感じさせる佐和子さんとは別の人のように見えた。
「一つ目は・・・私はあなたの心の秘密を深いところまで知っている。知っていてそれを受け入れている。二つ目は私ならあなたの望みを叶えてあげられる。この先の経済的な面もそうだし、あなたの変身に関しても。私ならあなたをもっと可愛くしてあげられる。三つ目は・・・私は女だと言うこと」
佐和子さんは言葉を切り、僕の顔をじっと見た。
「西館君・・・だっけ?あなたは男の子で彼も男の子。この先どうするの?お付き合いするの?付き合ったとしてその先はどうするの?彼はあなたの本当の姿を知らない。男の子のあなたを受け入れてくれるのかな・・・もし、お付き合いすることになったら、いつかは『男の子の良樹君』も受け入れてもらわないといけない。それって・・・いけそうなの?」
佐和子さんのたたみかけるような言葉に僕は何も返せなかった。
そう。
好きな人と時間を過ごせる事。
デートという事実に浮かれていたけど、その先はどうしたいのかまでは考えていなかった。
でも、自惚れじゃ無いけどもし、僕のあの急変が無かったらきっと彼は次も声をかけてくれてた。
でも、それからはどうする?
何回もデートして、また前のようにカフェでのお客と店員に戻って下さい。その時間だけの関係でお願いします、なんて虫のいい話が通るわけが無い。
僕自身も満足できない。
じゃあ・・・結局佐和子さんの言うとおりだ。
僕は視線を泳がせると、佐和子さんの顔から目を逸らし海を見た。
でも、気持ちは晴れない。
「ゴメンね、困らせて。わたし、嫌な大人だからさ。好きな人を手に入れるためならこんな事もしちゃう。でも・・・嫌な大人ではあるけど、あなたをずっと守ってあげたいんだ」
佐和子さんはそこまで一気に言うと、深くため息をついた。
「言うつもりなかったのに・・・なんで言っちゃうかな、わたし」
僕は頭の中がまるで霞がかかったように白くぼやけていた。
空もいつの間にかどんよりと灰色の雲に覆われている。
その雲は強くなってきた風に乗って早く、早く動いている。
「もうすぐ雨が降るかもね。戻ろっか」
佐和子さんの言葉に頷く。
すると、そのやり取りを合図にしたかのように、鈍いゴロゴロと言う音が聞こえてきて、大粒の雨が落ちてきた。
「やだ、雷。急ご」
僕らはパーキングまで走って戻ったが、雨はどんどん強くなっていく。
車に戻る頃には、お腹の中まで響くような衝撃音と共に、稲妻の強い光も目に刺さるくらいだった。
「大丈夫?身体拭いて」
佐和子さんが取り出したタオルで、身体を拭いてくれ車の暖房もつけてくれた。
そのお陰か、さっきまで感じていた身体の冷たさは幾分落ち着いていた。
「佐和子さんも拭いて。風邪引いちゃう」
「後でいいよ。無理言って連れてきたのは私だし」
僕の髪を丹念に拭きながら話す佐和子さんは、いつもの様子だった。
「あの・・・さっきの事だけど」
おずおずと言う僕に佐和子さんは優しく微笑んで言った。
「ゴメン。忘れて、とは言えない。忘れて欲しくないから。でも、返事は急がせないよ。ゆっくり考えて。今日は疲れただろうし」
正直、その言葉は有り難かった。
「次は佐和子さんの番。僕・・・拭くから」
そう言ってタオルを受け取って、佐和子さんの髪を拭く。
佐和子さんは、薄く目を閉じると言った。
「もし、君がどういう返事をするとしても・・・嫌いにだけはならないで。わたしの事。好きじゃ無くてもいい。でも、嫌いにだけはなって欲しくないの。お願い」
「嫌いになんかならない。絶対」
「・・・嬉しいな。有り難う」
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