柔らかな手

 僕は佐和子さんの言葉の真意が理解できなかった。

そんなの・・・当たり前じゃ無いか。

まして、今のゴチャゴチャした頭では整理できそうに無かった。

「・・・何かあったの?気にさわったならゴメンね」

僕は精一杯その言葉を絞り出した。

まるで、佐和子さんまでが離れていくように感じて怖かった。

「私こそゴメンね。変なこと言って困らせて。今は良樹君が一番辛いのにね」

「ううん。確かにキツいけど、佐和子さんはとても大事な人だから、出来ることは何でもしたい。だって・・・佐和子さんがいなかったら、ここまで来れなかった」

「ホント、君って子は…」

佐和子さんはそう言うと、薄く笑ってハンドルに額を当てた。

そしてそのまま黙っていたが、やがてそのまま顔を横に向けて僕を見ながら言った。

「予定変更。今から付き合って。化粧は直してあげる」


急遽佐和子さんのアパートに戻ってすっかり崩れた化粧を直した後、再び車に乗り込んだ。

どこに行くんだろう。

「秘密。ってもったいつけるほどの所でも無いけどね」

そう苦笑いしながら、車を走らせる。

そのまま景色は街中から海辺に変わった。

そして、近くのコインパーキングに停めると、促されるままに降りた。

高いビルや電線の無い空は、秋と言うことも有り広いだけでなく、柔らかさも感じさせる優しい景色だった。

車もほとんど通らないため、波の音は聞こえるにも関わらず静寂を感じた。

「綺麗・・・」

思わずそうつぶやくと、佐和子さんは言った。

「私も海辺の空は好き。落ち込んだときはよく来るの。そしてじっと見ていると、心がスッとする」

「うん、分かる気がする」

「少し歩こうか」

僕らはそのまま並んで砂浜を歩いた。


「海って言うと夏のイメージがあったけど、秋もいいね」

「四季それぞれの違いがあるからね。見える景色はまるで違うんだよ」

確かにそうかも知れない。

「夏の海って『元気な子供』って感じなんだよね。エネルギーをみなぎらせて、それを暴力的なくらいにばらまいて周囲を魅了する。秋の海は大人かな。静かで落ち着いてて、見ている人に寄り添ってくれる」

「大人の海・・・何か佐和子さんみたいだね」

「え?わたし?」

「うん。佐和子さんは僕にとっていつでも困ったときはそばにいてくれる。いつも僕の心に寄り添ってくれているから。だからそう思った」

「わたし、そんな人間じゃ無いよ」

佐和子さんはそう言うと俯いていたが、やがてポツリと言った。

「手・・・寒くない?」

そういえば。

10月とは言え、海辺の風は冷たい。

手が結構冷えているのを感じて思わずスカートに手をこすりつける。

すると、佐和子さんが何も言わず僕の手を握った。

驚いて佐和子さんの顔を見たけど、前を向いているせいか表情が分からない。

「暖かいでしょ?このまま歩こ」

西館君と居るときとは違った緊張を感じながら、そのまま歩いた。

佐和子さんの手はとても細くて、まるでマシュマロのように感じた。

そのマシュマロのような手から伝わる温もりは、映画館の時のグチャグチャな心を暖めてほぐしてくれるようだった。

「あの・・・今日は有り難う。僕が落ち込んでるから、連れてきてくれたんだよね。いつもゴメン」

だが、佐和子さんは何も言わなかった。

ただ無言で、僕の手をさっきよりも強く握ってくる。

軽く痛みを感じるくらいだ。

「・・・佐和子さん?」

「さっきも言ったよね。私、そんな人間じゃ無い。ずっと、ずっと」

佐和子さんの言葉の意味がやっぱり分からない。

ただ、ずっと昔に見た丁寧に研がれた刃物のような、ヒンヤリした緊迫感を感じ不安になった。

何かが壊れてしまう。

そんな変な予感がした。

「あの・・・そろそろ」

僕がそう言った時、佐和子さんがまるで泣き笑いのような表情を浮かべて言った。

「私たち、付き合っちゃおうか」

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