秋空とマリーゴールド

西館君は家の近くまで送ると言ってくれたけど、断ってショッピングモールで別れた。

せっかくの好意を断った自分に自己嫌悪を感じながらも・・・無理だった。


申し訳なくて一緒に居ることもいたたまれなかったこと。

こんな崩れた化粧の自分を見られたくなかったこと。

泣きはらして声も作れなくなっていたこと。

西館君に何の罪も無い自分勝手な理由ばかりを振りかざし、僕は一言も言わずにショッピングモールを出た。

空調はしっかり効いていたはずなのに、建物を出ると新鮮な空気が身体に入ってくるようで少しホッとした。

あそこを出たことで現実までリセットされたような気がしたけど、それはきっと笑っちゃうくらい詰まらない幻想。


10月の柔らかい中にもヒンヤリする空気を感じながら、俯き加減で歩いていると目の前からカップルだろう高校生くらいの男女が歩いてきた。

手をつないで、会話をしながら時々恥ずかしそうに顔を見合わせている。

手をつないでいる以外は、ほんの1時間前までの自分と西館君もそうだったんだと思うと、胸がたまらなく苦しくなった。

せめて、手くらいつなぎたかった。

好きな人の体温は心までどのくらい暖かいんだろうな?

そんな事を彼への気持ちに気付いてから何回も空想していた。

あの時。

西館君が暴力を受けている場面に出くわさなければ。

自分が空手なんてやってなければ。

でもそうなったら彼を助けられなかった。

でも、結果的に彼の夢を閉ざした。

何より・・・自分が女の子だったら。

それだったらきっと、自分もさっきの子のように好きな人の温もりを感じていられたのに。

もう嫌だ。苦しい。

僕は、これ以上歩く事に耐えられなくなり、近くのバス停のベンチに座り込んだ。

そして携帯を確認するとラインが入っていた。

西館君かな・・・

震える手で確認すると、佐和子さんからだった。


「そっか・・・大変だったね。よく頑張ったね」

佐和子さんの車のシートに全身を預け優しい声を聞いていると、身体中が溶け込んで行くみたいだった。

僕の様子を確認するためにラインしてきてくれた佐和子さんに、僕はたまらず電話して泣きながら事情を話した。

すると、どこに居たのかそれから10分もおかずに迎えに来てくれ、そのまま家まで送ると言ってくれたので甘えることにした。

「たまたま近くで用事があったから、ラッキーだったよ」

「ありがとう。ごめんね、迷惑ばかりかけて」

「いいよ、それは。所で・・・もういいんじゃない?」

「いいって・・・」

「彼のこと。こんな事言いたくないけど、多分今日で色々分かったと思う。君はよく頑張った。だから、もういいよ」

僕は何も言わずに俯いた。

佐和子さんの言いたいことは嫌というほど分かる。

西館君の事は諦めろと言いたいんだろう。

確かにそうかも知れない。

でも即答出来ない自分もいた。

もうちょっと時間が欲しい。

「ゴメン。今は、頭がグチャグチャで」

「そうだよね。私こそゴメン・・・明日はどうする?」

「・・・延期してもらってもいい?別の日に絶対行くから」

「義務じゃ無いんだからそんな言い方しなくていいよ。行きたくなった時に行こう」

「ゴメン。そんなつもりじゃなかった。佐和子さん、凄く良くしてくれて。佐和子さんいなかったらどうなってたか。僕にお姉さんがいたらきっと佐和子さんみたいな・・・」

そこまで言ったとき、急に佐和子さんが車を減速して道路の端に止めた。

「・・・佐和子さん?」

佐和子さんは、押し殺すような浅いため息をつくと、僕を見た。

その怒っているような、泣きそうにも見える表情で何も言わずに僕の顔をじっと見ていた。

そして、何か言おうとするかのように口を小さく開いては閉じる。

「あの・・・ゴメン。変な事言った・・・かな?」

佐和子さんはさっきの何とも言えない表情のまま、小さく首を振り、言った。

「何でも無い。ただ、私はあなたのお姉さんじゃ無いし、あなたのご両親の娘でもない。それだけ」



 

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