光の海

 西館君との待ち合わせ場所になっている、駅前のロータリーで何度も携帯の画面を見てはバッグに仕舞って、を繰り返すせいかまるで時間が止まったかのようだ。

30分も早く着いてしまったため、携帯のゲームで時間つぶしを、と思ったのだが気もそぞろになり、全く集中できなかった。

この駅のある街は割に栄えているせいか、ロータリーにも待ち合わせしている人が多い。

最初はもし、自分の格好を奇異な目で見られたら・・・と言う不安感で押しつぶされそうだったけど、周囲の人の私を見る目が明らかな羨望が混じっていることに気付くと、それもほぼ消えた。

大丈夫。私は通用している。

手鏡を取り出して覗くと、そこには緊張に表情を硬くしている女子の顔が映っていた。

そして、バッグの中の想定問答集を取り出して、改めて見直す。

本当に細かく書かれている。

行きの電車でも読んでいたので、もう諳んじることが出来るくらいだ。


西館君は待ち合わせの10分前にやってきた。

「お待たせ!待った?」

「ううん。さっき来たところ」

そう答えながら、私はジンワリと感動が沸いてくるのを感じた。

こんなセリフ、一生言うことが無いと思ってた。

「良かった、じゃあ行こうか。瀬川さんに合いそうな映画を選んだつもりなんだけど、もし気に入らなかったらゴメン」

「ううん、大丈夫。私、映画館の雰囲気が好きだから、どんなのでも楽しめるよ」

そう言いながら、すでに全身が酷く汗ばんでいるのが分かる。

声もどことなくうわずっている。

こんなに緊張したのは産まれて初めてだ・・・

西館君はそんな事無いんだろうな。

モテそうだからきっと慣れてるはず。

そう思って西館君の顔を見た私は、ハッとした。

表情が硬いし、視線がキョロキョロしていたのだ。

もしかして・・・緊張してる?

私はホッと息をつき、深呼吸した。

西館君も緊張してくれていた。そう思うと、ジンワリと胸が暖かくなってきた。


映画館は駅近くの大型ショッピングモール内にあったので、私は子供のようにキョロキョロ見回した。

学校に行かなくなって、こういう所もご無沙汰だったのだ。

そして、映画館のロビーに入ると、静かな暗さの中に浮かぶ数々の光がまるで夜の海のように感じられた。

「こういうのっていいな・・・まるで光の海みたい」

「瀬川さんって詩人みたいな事言うね」

「あ、ご免なさい!変だよね」

「全然。瀬川さんのイメージにぴったり」

「私のイメージ?」

「うん。あの店に来てるときから思ってた。女子校に通うお嬢様みたいだな、って。いつも詩集とか古典とかを読んでる人って感じの」

私はその言葉に曖昧な笑顔で頷いた。

少年マンガばかり読んでるなんて絶対言えない・・・

「瀬川さんは映画館って良く来るの?」

「ううん、最近は全然」

「俺も同じ。ずっと野球部だったから、学校帰りも毎日練習ばっかだったし」

え?

私はその言葉に一瞬呼吸が止まった。

だった・・・

「あの、今は部活って・・・」

「辞めた。1年の最初の頃に。ちょっと色々あってね」

西館君の言葉が理解できなかった。

まるで耳の近くで散らばって、意味の無い単語になっているように脳が受け入れることを嫌がっている。

(それって・・・何かあったの?)

その言葉が浮かんだが、口に出すことは出来なかった。

私の名前が出ることがたまらなく怖かった。

私の・・・せいだ。

グラウンドで満ち足りた笑顔で話す西館君の顔が浮かんだ。

あんな余計な事をしなければ。

そうすれば彼は居心地は悪かったかも知れないが、野球を辞めていなかった。

私・・・僕が西館君の夢を奪ったんだ。

そんな思いが映像や言葉になって頭の中をグルグルと回った。

まるで割れた万華鏡のように歪に形を変えては、グルグルと・・・

僕は涙が溢れているのに気付いて、慌ててハンカチを当てた。

「え?大丈夫?」

西館君は慌ててのぞき込むが、僕はもう涙が止まらなかった。


「ゴメン。無理言って付き合わせて」

「ううん・・・ごめんなさい」

僕は俯いてポツリと言った。

結局、西館君が気遣ってくれて映画は延期となり、このまま帰ることになった。

せっかくのデートが・・・

その落胆とさっきの事がごちゃ混ぜになって、すっかり混乱していた。

「あ、あの・・・ちょっとお手洗いに」

僕は涙で顔がベタベタなのに気付き、慌てて離れた。

そして、人気の無い場所のトイレまで行くと、周囲を見回して男子トイレに入った。

そして鏡を見た僕は・・・愕然とした。

メイクがすっかり崩れてしまい、佐和子さんが作ってくれた「瀬川佳子」は見る影も無かった。

髪型や服装、ベースのメイクのお陰でまだ女子の顔は保たれていたが、それでも鏡に映るのはもはや「瀬能良樹」にしか見えなかった。

注意しないと分からないかも知れない。

でも、もうダメだった。

こんなの・・・女の子じゃ無い。

鏡の中の自分は、僕に現実を見せつけてくる。

どんなに女の子になりたくても、メイク一つ自分では直せない。

なにより僕は、大好きな人の夢を奪ったんだ。

僕は、鏡から目をそらせた。

まるで僕の滑稽さを笑っているように見えたから。 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る