夢心地

 それから佐和子さんにメイクをしてもらい、性別を偽ってカフェに出入りするようになった。当初、佐和子さんは見たことが無いような冷ややかな言い方で反対した。

「そんなのすぐバレるに決まってる。バレたらどうするの?それこそドン引きされるよ。後、そんな事のためにしたわけじゃ・・・」

そこまで言うと、気まずそうに口ごもった。

だが、結局僕も折れることは無く、最終的には佐和子さんは渋々同意した。

バレそうになったらすぐに辞める、と言う約束で。

そんな感じで始まった偽りの逢瀬だが、思いのほか僕自身夢中になった。

一つは、この綱渡りどころでは無い倒錯した行為に、非日常的なドキドキ感を感じ楽しくなったこと。

もう一つは・・・彼の反応だった。


少しして、西館君は僕の前にマロンの甘い香りを立ち上らせるポットとカップを持参し、恭しい動作でカップに紅茶を注いだ。

その後、ポットをテーブルに置くと僕を見てニッコリと笑う。

それに対して、僕も微笑み返す。

「有り難うございます。いつも丁寧に入れてくださって、嬉しいです」

そう言うと、西館君は心なしか顔を赤くしてたように見え、こちらまで恥ずかしくなる。

そのままキッチンに帰っていく彼の姿を目の端で追いかける。

すると、キッチンの奥でもう1人の店員・・・多分バイトなんだろう女の子に背中を叩かれて照れくさそうに笑っている。

その間、僕の方を何度も見ている。

みっともない自惚れかもしれないけど、もしかしたら西館君は・・・僕の事。

そう思うと身体がカッと熱くなり、まるでお風呂に入ったみたいにポカポカする。

それはとても・・・心地よい温もりだった。


そう、これがカフェに来るのに夢中になっているもう一つの理由だった。

バレている気配は無い。

僕1人の胸の内に秘めて置くだけなら、この都合の良い空想も許される。

それは何て甘い・・・蕩けそうに甘い空想なんだろう。

女の子に変身しているこの時間は、不登校の瀬能良樹を忘れられる。

ここでの僕は、好きな人のために足繁くカフェに通っている女の子。

見た目は誰にも負けておらず、好きな人も夢中になってくれている。

ごく普通の女子高生。

そうだ。

この格好の時だけは「僕」と言う言い方も変えたい。

「私」にしよう。

後、男子高校生が好みそうな服装も佐和子さんに相談してみようか。

そんな事を考えながら、バッグから携帯を取り出し、女子になっている時専用のスマホケースに付け替える。

こちらは男子の時のシンプルなのと違い、かなりデコレーションしてある。

西館君はどんな格好して欲しいんだろう・・・


夢中になって調べていると、ふと人の気配を感じた。

慌てて顔を上げると、そこには西館君がクッキーの乗った小皿を持って立っていた。

「こちらをどうぞ」

「あ、有り難う・・・ございます」

あれ?こんなサービスつくようになったんだ。

僕・・・私は戸惑いながら頭を下げた。

「これ・・・サービスです」

「え?」

「あの、何て言うか・・・よく来てくださってるんで」

西館君は照れくさそうにボソボソという。

「でも、そんな。悪いです」

「あ、いや。俺がそうしたいんで」

あまり断るのも彼に悪い気がしたので、受け取ることにした。

「有り難うございます。こんな事して頂いて」

だが、西館君はまだその場を離れなかった。

どうしたんだろ?なにかあったかな・・・

気になって顔をジッと見ると、やがて西館君は大きく息を吐くと言った。

「えっと、この後時間ありますか?良かったら一緒に映画でも」

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