とあるカフェにて

 あの夏の日の夢のような時間。

新しい人生が始まったみたいなあの日。

鏡の中の別人になった自分を見ながらたつらづらと思い返していると、隣のキッチンから佐和子さんが入ってきて紅茶を出してくれた。

お礼を言って一口飲む。

服装も白いワンピースに着替え終わっている。

「良かったらケーキも食べる?前テレビでやってたお店なんだけど、たまたま通りがかって一個だけ買うのもな・・・って思ったから」

ぶっきらぼうな口調でそう言いながら立ち上がる佐和子さんに慌てて声をかける。

「ゴメン。今日はケーキを出してもらう約束だから・・・」

「あ、そう。了解。じゃあもう一個は夜食べようかな」

おずおずとそう言うと、佐和子さんはそう答えてまた座った。

「・・・ゴメン」

「いいよ。その代わり、私が太ったら責任取ってよね」

「佐和子さんは多少太ってもすぐ彼氏くらい見つかるでしょ」

「う~ん・・・無理!こんな可愛げの無い女」

そう言ってカラカラと笑った。


本当に不思議だ。

客観的に見ても、佐和子さんほど綺麗な人は周囲には居ない。

しかも僕の知る限り常時、成績上位を譲らないくらいの才媛だ。

その気になればいつでも誰かと付き合うくらい出来るのに・・・

そう思いながら時計を見る。

もう行かないと。

「じゃあ、そろそろ行くね」

「あ・・・そっか。近くまで送ろうか?」

「うん、有り難う。いつもゴメンね」

「気にしない気にしない。」


佐和子さんのアパートから車で20分ほどの住宅街の中にある小さなカフェ。

赤い屋根のまるで外国にある家の様な作りは、閑静な住宅街に良く似合っている。

「じゃあまた終わったら連絡して」

「うん、ありがと」

佐和子さんにお礼を言うと車を降りて、目の前のカフェを見る。

もう2ヶ月くらい週2ペースで通っているのに、いつも酷くドキドキする。

大きく深呼吸すると、何度もコクコク頷いて歩き出し店内に入る。

軽やかなベルの音と共に、深くて良く響く男性の声で「いらっしゃいませ」と聞こえる。

その声を聞くと、心臓が酷く高鳴る。

大丈夫。僕は可愛い。

大丈夫・・・今の僕は誰よりも可愛い女の子・・・


入り口のすぐ右側にあるキッチンから出てきたその人は、僕を見るとニッコリと微笑んだ。

「いつも有り難うございます。お好きな席にどうぞ」

その笑顔を見るといつも緊張が、まるでお湯に入った砂糖みたいに軽やかに溶けてしまう。

緊張が解けた事もあり、同じように微笑んで頭を下げる。

発声、発声・・・

「有り難うございます。じゃあ」

そう言うと、窓際の席に座る。

よし、今日も声はバッチリ高く出来てる。

すぐに鏡を出して念のため再度姿のチェックを行う。

どこから見ても完璧な美少女が写っている。

本当に佐和子さんのメイクの技術は頭が下がる。

そうしていると、目の前に軽やかな陶器の触れる音と共に心地よいハーブの香りが鼻腔をなでる。

「有り難うございます」

出来るだけ緊張を悟られないように自然な口調で言うと、前日に鏡で練習した笑顔を浮かべる。

この人の前では最高の自分でいたい。

だって・・・目の前の彼、西館君のために僕は少女になっている。

あなたは僕の初恋の人だから。

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