始まりの変身

 この一連の行為を言うとき、佐和子さんは必ず「あれ」としか言わない。

そんな「あれ」を初めて行ったのは、3年前。

僕が中学1年、佐和子さんが大学1年生の頃だった。

いつもの勉強を終わらせた後、一緒にお母さんの出したクッキーを食べながら佐和子さんが言った。

「そういえば良樹君って、学校でモテたりするでしょ」

突然の言葉に驚いて、僕はブンブンと首を横に振った。

「全然!女子には相手にされないって」

「ホント?前から思ってたけど、君って凄く顔が整ってるし女顔だから絶対人気あると思ってたんだけど」

その言葉に返事をせず俯いた。

容姿に関しては実はその通りで、小学6年生の頃から女子に「女の子みたいで可愛い」と言われていたし、それで街を歩いてても見知らぬ女の子から声をかけられることはあった。

でも、それと共に男子からはからかわれることが増えていたので、正直コンプレックスに感じていたのだ。

その事を話すと、佐和子さんは両手で口を押さえて笑った。

「それ、男子達は良樹君の事羨ましいんだよ。だからやっかみでからかってるの。しかもやっぱりモテてるじゃん」

そうなんだろうか。

でも、何故かその言葉にも感情が浮き立つことは無かった。

不思議で仕方ないけど、女子に声をかけられてもバレンタインデーでチョコをもらっても、驚くくらいに心が弾まなかった。

何でだろう・・・


 俯いた僕を見て、佐和子さんは自分の携帯を取り出した。

「ねえ、これ見て」

言われるままに携帯の画面を見ると、そこには可愛い女の子の画像があった。

確かに可愛いけど・・・これがどうしたんだろう。

不思議そうにする僕を見て、佐和子さんは面白そうな表情で言った。

「良樹君だよ、これ」

驚いて佐和子さんの顔を見たが、すぐに冗談だと思った。

そんな馬鹿な。そもそもこんな写真、取った覚えがない。

「前に君の写真、携帯で撮ったことあったじゃない?あれをパソコンの画像ソフト使って編集したの」

そう言われて改めて見ると、確かに自分の顔の面影はある。

でも・・・こんな・・・

「ちなみに基本的な顔はいじってないよ。だからクラスの女子が言ってる言葉はホントだと思う」

軽い口調で言う佐和子さんの言葉が遠くから聞こえているみたいだ。

頭の奥が痺れる。

顔が、身体が嫌になるくらい熱い。

思わずホッと吐息が漏れる。

どれだけの時間、その写真を見ていただろう。

「ねえ・・・ホントにやってみる?画像じゃ無くて」

その言葉に驚いて顔を向けると、すでに佐和子さんから笑顔は消えていた。


  それからの事は夢の中のようだった。

勉強の資料を見せてもらうと言う口実で初めて佐和子さんのアパートに行き、そこで化粧をしてもらった。

鏡の中の自分は画像編集なんか霞んでしまうくらい・・・綺麗だった。

「可愛い・・・良樹君。思った通り」

佐和子さんは目を潤ませながら言った。

僕も小さく頷く。

蝉の声が遠くから近くから響く。

聞き慣れた音のはずなのに、まるで違う世界に引き込まれるサイレンに聞こえる。

「ねえ、こっち向いて」

佐和子さんの言葉が耳に心地よく響く。

なんで?聞き慣れてる声なのに・・・

操られるように隣を向くと、佐和子さんの整った顔が驚くほど近くにあった。

それは今まで見たことの無い、怖いような・・・優しいような不思議な表情だった。

「可愛い・・・ね、そう思うでしょ?」

脳の奥に霞がかかったように、全てがぼやける。

そんな気持ちのままに曖昧に頷く。

「またこういう事しよ。家に来ていいから。お父さんとお母さんには絶対内緒でね。いい?」

 

それから毎週1回くらいの頻度で佐和子さんのアパートで、この行為が続いた。

最初は化粧だけだったけど、そのうちどこからか用意してくれた女の子用の服まで着せてくれるようになった。

そんな僕を見る度、佐和子さんは熱に浮かされるような表情で微笑んだり頷いたりしている。そして、何枚も写真を撮ってはそれが終わると、憑きものが落ちたようにいつもの茶目っ気のある佐和子さんに戻る。

僕自身もその時間に倒錯的な喜びを感じるようになり、一月ほど経つ頃には佐和子さんの前でメイクをしてもらう時だけは、話し方や声色を女子のようにしてみることにした。

元々、女性のような高い声だったけど、色々調べてみて「メラニー法」と言う、女性のような高い声を出す練習法がある事を知り、それにも取り組むようになった。

そう言った生活をして行くと共に、僕自身周囲の女子への目も変わった。

何て言うか・・・異性では無くまるで同性を見るような感じになった気がする。

何でだろうと考えたけど、ハッキリとした答えは出なかった。

ただ、佐和子さんとのこの行為にそれ以来夢中になっていった。

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