二人の秘密
「お、いいじゃん。さすが良樹君。バッチリ理解してるね」
「この辺はもう大丈夫だよ。次に進んでもいいから」
僕の言葉に佐和子さんはウンウンと満足そうに頷く。
「いいね。生徒がみんな良樹君みたいな子ばかりなら私もどれだけ楽か。ホント、9割以上の子が隙あらば無駄話しよう!って子ばかり。男子だともう・・・セクハラだよ!セクハラ。彼氏いるの?とか、この前なんか『何カップですか?』とか聞かれたからムカついて、ご両親に全部話したよ」
目の前に害虫でも現れたかのように顔を引きつらせ首をブンブンと振ると、佐和子さんの肩まで伸びた黒髪が綺麗に左右に揺れる。
佐和子さんは目鼻立ちの整った所謂「容姿端麗」な人なので、そんな仕草も何というか・・・絵になっていて凄く羨ましい。
「何?じっと見て。見とれちゃった?」
いたずらっぽくニヤニヤしながら話す佐和子さんに、思わず顔を逸らせる。
「違うよ。何か、絵になってて羨ましいな・・・って」
その言葉に佐和子さんは僅かに表情を曇らせると、少しの沈黙の後ポツリと言った。
「今日はどうする?『あれ』やるの?」
佐和子さんのためらいが手に取るように伝わる。
でも、それに気づかないフリをして僕も同じくポツリと言う。
「もちろん・・・お願い」
「分かった。じゃあまたアパートでいい?」
その言葉に無言で頷く。
じわりと汗が滲むのは季節外れの暑さのせいじゃない。
僕の返事を合図にしてその話は終わり、お互い勉強に戻った。
それから1時間ほどで勉強を終わらせると、家の駐車場に停めてある佐和子さんの深い緑のジムニーに乗り込む。
「ご両親、大丈夫なの?」
「うん。佐和子さんのフリースクールに行ってる、って言うと安心するみたい」
「信用されてるのね、私」
苦笑いしながらつぶやく佐和子さんの横顔を見る。
佐和子さんは高校の頃は小学校教員と物理の道を迷った、と言うくらい子供好きなせいか、僕の家庭教師以外の日はNPO法人が行っているフリースクールで指導員のバイトもしている。
僕は利用どころか顔を出したこともないが、佐和子さんのところに行く口実にさせてもらっている。
「家に来るようになってから長いもんね。お父さんもお母さんも佐和子さんの事、家族みたいに思ってるみたいだよ」
「そう。家族か」
「どうしたの?険しい顔して」
「ううん、なんでもない」
そう言うと佐和子さんは車を走らせた。
家から車で20分ほどの所にある学生向けアパートに佐和子さんは住んでいる。
部屋は小さいけど、必要な物がシンプルに整然と並んでいる様はまるでモデルルームのようだった。
でも、そんな中で部屋の奥にあるドレッサーだけは異彩を放っている。
天然木で出来ていると言うイタリア調のアンティークなデザインのそれは、いつ見ても惚れ惚れするくらいの精巧な作りだった。
一体どれくらいしたんだろう・・・
いつも見る度にホッとため息が出てしまう。
そんな僕を佐和子さんはどこか物憂げな表情で見つめている。
「じゃあ・・・やろうか?」
佐和子さんの言葉に僕は上気した顔で小さく頷く。
ドレッサーの前に座った僕の顔を、佐和子さんは何かに取り憑かれたような表情でメイクしていく。
化粧水を塗った後乳液を。
それから化粧下地を伸ばしていき、ファンデーション。
「良樹君、昨日ちゃんと寝た?目の下にクマが出来てる」
そう言うと佐和子さんはクマの部分にコンシーラーを塗った。
「ごめん、気をつける」
佐和子さんはそれに答えず、アイブロウで眉を整えた後アイシャドウ、アイライナーで目元を作っていく。
「何となく血色悪く見えるから、少しチークも入れるね」
佐和子さんの潤んだ瞳と紅潮した顔を見ていると、自分がどんどん「作り替えられていく」ような高揚感を感じる。
それは大きな喜びとほんの少しの後ろめたさを感じる、何とも言えない気持ちだった。
次に口紅にリップグロスを重ね、最後に髪を入念にセットする。
学校へ行かなくなってからこのために意識して髪を伸ばしていたから、今ではウィッグも必要ない。
全て終わると佐和子さんはホッと息をついた。
「こんなものかな。確認して」
待ちきれず佐和子さんが言い終わる前に鏡を見た僕は、全身が痺れるような心地になった。
いつもいつも、背中に鳥肌が立って体中に電気が走るようだ。
鏡の中には、見とれてしまうような美しい「少女」がいた。
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