さよなら、アンティーク
京野 薫
秋空とイチゴ
10月の爽やかな空気に割り込むような熱い日差しは、季節外れという名前の理不尽な暴力だ。
玄関を出た僕はそんな事を考えながら目を細め、イチゴの苗にペットボトルから水を注いだ。玄関の植木に水をやるのはいつの間にか僕の役目になっていたのだ。
それに不満を漏らすとお父さんは「社会はそんなもんだよ。好意でしたことがいつの間にか『やって当然の事』になる。良樹も気をつけなさい」という言葉をニコニコしながら話していたのはズキリとした胸の奥の痛みと共によく覚えている。
そしてお母さんの「良樹は小さい頃から賢い子だったから大丈夫よ」と言う言葉もまた同じ痛みと一緒に覚えている。
なぜなら、高校1年の1学期からもう半年学校に通えていない僕「瀬能 良樹(せのう よしき)」にとって、両親のそれらの言葉はまるで皮肉のように聞こえてしまうんだから。
学校に通えなくなった切っ掛けは、入学して早々だった。
隣のクラスの男子生徒「西館 淳(にしだて じゅん)」が、入部していた野球部の先輩からイジメを受けていたのだが、ある日の放課後西垣君をかばうため、イジメの主犯格だった2年の先輩3名をいわゆる「倒してしまった」のだ。
6歳の頃から習っていた空手が功を奏したらしい。
西垣君は中学から飛び抜けた守備力と打撃を持つ遊撃手として騒がれており、野球部には期待されて入部し、すぐに「3番ショート」のレギュラーを取った。
それが先輩方には面白くなかったのだろう。
その日以来、その逆恨みした先輩によるものなんだろうけどクラス内で僕は無視されるようになり、それが切っ掛けである日どうしても布団から出られなくなった。
それからずっと学校に通えていない。
両親も色々と学校と話し合ってくれていたようだけど、解決には至らなかった。
肝心の僕が学校に行くことに恐れを持っているんだから、無理もない。
救いだったのは、両親がそこまで深刻にならず「何とかなるでしょ」と言うスタンスだったことだ。
そのおかげで、心が潰れること無く今日まで過ごして来れている。
イチゴの水やりの後、朝食を食べて部屋でユーチューブを見たり本を読み、10時過ぎから勉強を始める。
もう学校に戻れる気はしないが、そうなるといよいよ勉強は欠かせない。
大検を受けて大学へ。
将来の目標もあるので、レベルが高くなくてもいいから大学には何とか通いたい。
教科書と参考書を開いて、昼食や何度かの休憩を挟みながら進める。
夢中になって進めていると携帯が鳴った。
ハッとして時計を見るとすでに15時過ぎだった。
あ、もうそんな時間・・・
ラインを確認すると予想通り、家庭教師の「秋月 佐和子(あきづき さわこ)」さんからだった。
「今日の課題はやってある?もう30分でそっち着くから」
と言う内容だったので、もう終わらせている旨送り返す。
市内の有名大学に通っている佐和子さんは僕が小学5年の頃から週3回のペースで家庭教師に来てくれている。
母の友達の娘、と言うご縁で教えに来てくれたのだけど、本来中学受験のため、と言う期間限定だったのが「良樹君に勉強教えるのは楽しいから」と言う理由で結局その後も継続してくれている。
彼女はとても教え方が上手く、佐和子さん自身も中学高校と学年上位の成績だった人なので、僕も勉強に関しては困ったことがない。
そんな佐和子さんは物理学をより深く学びたいとのことで、来年は大学院を志望している。
そんな人がここまで協力してくれるのは有り難いこと。
そして、もう一つの事でも。
こっちの方が今は大事になっているのは、両親には絶対言えない秘密・・・
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