おすそわけ

「……」

「おい、どうしたんだよ。おい!」

「……えっ?」


 大きな声で呼ばれた気がした俺は、顔を上げて聞こえた方向を向く。

 そこには呆れた様子で頭をかいている大樹の姿があった。


「『えっ?』じゃねえよ。もう放課後だぞ?」

「放課後……?」


 確かさっきまで昼休みじゃなかったか?

 ってか、いつの間に俺教室戻ってきたんだ?

 覚えているのは冷華先生に呼び出されて旧視聴覚室に行き、そこで――


 ――俺は再び何もない手の平を見つめた。


「まーた見てんのかよ」


 すると大樹がため息でも吐くように言った。


「またって?」

「お前帰ってきてからずっとそんな感じだぞ。ボーっとしながら両手見てて」

「そんなにか?」

「ああ。だって俺が結構声かけても放課後まで反応しなかったんだぞ」


 一体何があったんだ、と大樹は流れで聞いてきたが俺が素直に答えることはなかった。

 だって自分でもまだ処理しきれていないから。

 まだふわふわしていて、どこか夢の中にいるような気分だから。


 でも、手にはしっかりとあの時の感覚や温もりが残っている。これに慣れるまでは絶対に言うことはできないだろう。


「栄一、とりあえず帰ろうぜ。もう腹減ってしょうがねえよ……」


 そう言いながら自分の腹を撫でる大樹。

 現在の時刻は夕方17時。育ち盛りの男子高校にとっては最も苦しい時間と言っても過言ではないだろう。

 俺も時計を見た途端、空腹がやってきた。


 言う通り帰ろうと立ち上がった俺は、そのまま大樹の肩をポンポンと叩く。


「なんだよ」

「別に」

「おいなんだよその憐れむような目は!」

「何でもねえよ。ほら、帰るんだろ」

「おいおいおいおい! 何があったんだよ! すっげぇ『大人の階段登りました』みたいな顔しやがって」


 俺と同じように大樹はこれまで彼女ができたことがない。

 彼女欲しい話など、今まで何度やってきたか数えられないくらいだ。


 だからこの肩ポンは俺からのおすそわけだ。


 実物はもっと半端じゃないけど……。


 ◆◆◆


 帰り道。

 大樹を無視し続けたペナルティとしてラーメン屋でトッピングを奢ることとなった。

 こういう時はとにかく遠慮のない大樹は煮卵、チャーシュー、ほうれんそう、メンマの4種類を乗せていた。


 ……あんなに豪華なラーメン初めて見たな。

 

 現在は既に大樹と別れた後で俺は家に帰ろうとしているわけだが、ここで一つ重要な問題に気づいた。


「……こっちじゃねえじゃん」


 そう。帰ってきたのは本当の家。

 もっと正確に言えば、冷華先生のアパートではないということだ。

 

 くそっ! ついいつも通りの感じで帰って来ちまった!

 

 家の電気がついていることを見ると、恐らく誰か家にいるのだろう。

 さすがに新婚二人の空気に混ざれるほど、俺の神経は図太くない。


「帰るしかないか……」


 これに関してはどうしようもない。

 俺はため息をつきながらくるっと回れ右をし、肩を落としながら歩き出した。


「栄一お兄ちゃん……!」

「えっ?」


 その瞬間、前から元気いっぱいの声が聞こえた。

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