ハプニングは突然に
「どう……思うって……」
甘く、とろけるような声色に俺の頭は完全に支配されていた。
呆けているうちに先生の手が俺の右腕を引っ張り、少しだけ露になった彼女の太ももに誘導されている。
現在は触れる直前。
あと数センチといったところだが、俺は全くと言っていいほど体が動かなかった。
「冷華先生! いらっしゃいますかー!」
「「――っ!?」」
その時、コンコンッとノックをしながら男性の声が響いた。
言葉からして男の先生が、冷華先生を探しているのだろう。
しかし、この状況はまずい。まず過ぎる。
「どどどどどどどどど、どうしよう栄一くん!」
当の本人もめちゃくちゃに動揺していて、キョロキョロと辺りを見渡してる。
「とととととととと、とりあえず落ち着いてください!」
必死に平常心を保たせようとするが彼女の動揺が伝染してしまったのか、俺の方までうまく口が回らなかった。
この状況。傍から見たら本当にヤバいぞ。
一人の生徒と一人の教師。
その二人が誰もいない教室いるだけでなく、教師の方は少しスカートをたくし上げて太ももを露にしている。
ヤバいヤバいヤバい!
先生もクビになれば、俺も退学とかになってしまうかもしれない。
「ねえねえ! どうしよう! ねえねえ!」
「何でこんな時にポンコツなんですか! 今こそ冷酷な魔女を出してくださいよ!」
「無理よぉそんなの! だからこの部屋に空の酒瓶がいっぱいあるんでしょ!」
それもそうだ。
というか、その問題もあった。
生徒へのセクハラに加えて酒持ち込み。ここでは飲んでないとはいえ、その言い訳は通用しないだろう。
「先生ー? いないんですかー?」
再び男の声が旧視聴覚室内に響き渡る。
まるで死の宣告のように……。
どうする? どうする?
必死に頭を回すが、悠長に考えているような時間はない。
「冷華先生ー!」
ガチャっと音を立てながらドアが開かれ、外の光が中に入る。
俺は光の速さでドアの方へ駆けて行き、ドアが完全に開く前に目の前に立った。
「……ん? 椎名か? 何でこんなところにいるんだ?」
「れ、冷華先生ならここにはいないですよ」
やってきたのは隣のクラスの担任、郷田先生だった。
先生は疑っているような表情で俺のことを見ながら、強引に中へ入ろうとする。
かなりガタイの良い郷田先生は柔道部の顧問を担当していて、自身も学生時代に全国大会に出場したことがあるんだとか。
それでも俺は何とか中に入れないよう、全力で先生を食い止めた。
「どうした? 中に入れろ」
「ここには入れるなと言われてるので……」
「誰にだ?」
「冷華先生……いや、冷酷な魔女に」
そう言うと、郷田先生の顔が少しだけ引きつった。
やはりこのあだ名は先生の間でもしっかりと伝わっているようだ。
「そ、そうか……。なら仕方ないな」
そして郷田先生はそのまま帰っていった。
……いやいや、どんだけ強いんだよ冷酷な魔女の名前。
まさか郷田先生がこんな簡単に帰るとは……。
「先生、もう大丈夫ですよ~」
大きく息を吐きながら冷華先生に声をかける。
そのまま歩こうとしたところで、何かを踏んづけてしまった。
しかし何かを確認する暇もなくバランスを崩した俺は、そのまま前に倒れてしまう。
――次に来た衝撃は、硬いではなく柔らかいだった。
本来は痛みを感じるはずなのに、そんなものは一切感じない。
むしろ優しく包み込んでくれているような……そんな――
「えっ?」
恐る恐る目を開けてみると、目の前に冷華先生の顔があった。
しかし彼女の視線は下に向けられている。
俺も彼女と同じように下を向いてみると、俺の左手が先生の胸を掴み、右手が露になった太ももを掴んでいた。
「おわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」
俺は叫びながら海老のように飛び跳ねて立ち上がり、何も無い手の平を見つめた。
さっきまで掴んでいた、触れていた、伝わってきたものを思い出すように。
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