魔女の巣窟
「ここでXに代入して――」
数学の授業。
冷華さんはいつもと変わらない様子で授業を進めていた。
「ねえ……先生どうしたんだろうね」
「確かに……今日はタイツ履いてないから……」
静かな空間だからこそ、クラスメイトの小さな声も聞こえてしまう。
きっと他の授業では聞こえることはないだろう。
……それにしても、そんなに気になるか?
大樹の奴もめちゃくちゃ興奮してたけど、タイツ履いてないってそんなに重要か?
「分からねえな……」
ボソッと小さくそう零した。
その瞬間、冷華先生が俺に鋭い目つきを向けてきた。
ああ……。これ終わったわ。
「椎名君、質問かしら?」
とてつもない圧を感じる言い方に加えて、こちらの温度を奪うような冷たい声。
俺の心臓はドクンドクンと体を揺らすほど大きく揺れ、走った後ように鼓動は早くなった。
「いえ……何でもないです」
「そう。ならちゃんと授業を聞きなさい」
「はい……」
こ、怖すぎる……!
いやむしろ注意で終わってラッキーと思うべきか?
時と場合によっては成績が下がっていたかもしれない。
俺はまだ暴走している心臓を落ち着かせようと、胸に手を添えながら授業を聞いていた。
◆◆◆
「今日はここまで。課題はしっかりやっておくように」
チャイムが鳴り響くと、教卓を使って教科書などを整えながら言う先生。
ここまではいつも通りなのだが、今日は違った。
普段なら何も言わずに教室を出て行くはずなのに、ぱっと顔を上げて俺と目が合う。
「椎名君はこの後視聴覚室に来なさい」
「えっ?」
そう言葉を放ち、先生は教室を後にする。
俺は数秒間固まったままで、自分から動くことができなかった。
「ドンマイ栄一」
声をかけながらポンッと肩を叩かれ、ようやく体が動いた。
叩いてきたのはもちろん大樹である。
「俺……生きて帰るかな」
「大丈夫だ。骨はちゃんと拾ってやる」
「骨すら残らなかったら?」
「線香くらいは上げてやるよ」
この野郎。他人事だと思いやがって!
どこまでも哀れみの瞳を向けてくる大樹を一発殴ろうかと思ったが、そんなことをしてる時間はない。
早くいかないと余計なことで叱られそうだ。
「……とりあえず行ってくるわ」
「遅くなるようだったらお前の弁当食っとくからな」
「止めろ大樹。俺は……僅かな希望を捨ててないんだ」
これで昼飯まで失ったら俺の全てが無くなってしまう。
具体的に言うと金が。
現在は五月末なので、残りの小遣いが少ないのだ。
「バイトでも始めるかなぁ……」
そんなことをぼやきながら旧視聴覚室へと向かう。
そこはこの学校で一番端っこ、もっと言うと教室から最も離れた場所にある。
だからこそ生徒たちは寄り付かないし、人が集まらない。
そしてその場所は……冷酷な魔女の巣窟とも言われている。
「入っていいんだよな……」
教室の前にやってきてドアに伸ばす手を止めている自分がいた。
「失礼しま――」
「栄一くーん!!!!!!!!!!!!!!!! やっと来てくれた
ぁぁぁぁぁぁぁ! もうヤダ! 教師止めるうぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!」
ドアを開けた瞬間、子供のように泣きじゃくった姿の冷酷な魔女……。
いや、冷華さんが思い切り抱きついて来た。
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