素足の魔女

「はあ……」

「どうした栄一、朝っぱらから疲れた顔して」


 登校して早々、自分の席でため息をついていたらたった教室にやってきた大樹に声をかけられた。


「朝から色々あったんだよ……」


 ポンコツだったと思ったら冷酷な魔女で、でもやっぱりポンコツだったっていう。

 もう何が本当なのか分からなくなっている自分がいた。


「そう言えばお前、この前言ってたやつはどうなったんだよ」

「この前言ってた?」


 突然話を切り出されて、俺は首を傾げながら言葉を返す。

 ……何か話してたことあったっけか?


 ちょっと最近、濃すぎる日々を過ごしてきたので学校で話した内容を忘れている。


「おいおいとぼけるなって。親父さんが再婚したんだろ?」

「あっ……」


 言われて思い出した。

 そうだ、大樹にはそのことを話したんだ。

 でも、あの時はまさかお相手の連れ子が先生だって知らなかったわけだし……。


「美人の娘さんってのはどうだったんだよ! 早く教えてくれよ~」

「ああ……えっと……それは……」


 今さらになって余計なことを話した自分を恨んでいた。

 くそっ! 何で俺はあんなことを言ったんだ!


 『美人』なんて単語をつけたから、こんな風に大樹が興味津々になったって言うのに。


「実はまだ会ってないんだよ……。その、仕事の都合で……」

「何だよ~。楽しみにしてたのに」


 即興で考えた嘘だが、うまく騙されてくれたらしい。

 こいつが単純馬鹿で救われたことは、今日この瞬間以上には無いだろう。


「じゃあまだ顔も知らねえのか?」

「ああ……。写真も特に見てないから……」

「おいおい、それくらいは見せてもらえよ~。家族になるんだろ?」

「今度見せてもらうことにするよ……」


 歯切れ悪い感じで言葉を返していると、教室のドアがガラガラっと音を立てながら開かれた。

 そのまま入ってきた人物を見て、一気に賑わっていた教室が静まり返る。


 そう、冷酷な魔女こと冷華先生がやってきたのだ。


 小さく足音を立てながら教卓の方へと歩く姿は、今朝タイツが破れて泣いていた人とは思えない。

 完全に冷酷な魔女スイッチが入っているのだろう。


「おい栄一!」


 その時、やたらと興奮した様子で大樹が肩を叩いてきた。


「何だよ。早く席に座らないと怒られるぞ」

「いやいやいや! そんなことよりもお前! 見ろよほら!」


 完全に興奮している大樹には俺の声は届いていないらしく、ただ一方を指差していた。

 もちろんその方向は冷華先生だ。


「あの! 冷酷な魔女が! 素足だぞ! 今まで絶対タイツだったのに!」

「ああ……そう……だな」


 そこかよ。

 もっと重要なところかと思ったらそこかよ。


 呆れながら大樹のことを見ていると、まるで神に感謝でもするかのように手をこすり合わせ始めた。


「ありがとうございます! ありがとうございます! ありがとうございます!」

「……何してんだお前?」


 聞きたくはなかったが、念のため聞くことにした。


「馬鹿野郎! ようやくあの冷酷な魔女の素足が拝めたんだぞ! あの白くて細い、でも細すぎない絶妙な肉付き! かんっっっぺきな足だ!」

「……そうか」


 その言葉を返すので精一杯だった。

 まさかタイツでない理由が、猫を追いかけて転んで破けたとは思ってないだろう。


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