よくよく見ると……

「いい? 私と栄一君が義理の姉弟になったことは秘密だからね」

「分かってますよ。というか、冷華さんの方こそ大丈夫なんですか?」

「冷華“先生”ね。スイッチの切り替えはしっかりしなさい」

「無茶言わないでくださいよ……」


 こっちはポンコツと冷酷な魔女が同一人物っていうことですら、まだ100%受け入れられていないのに。

 そんな愚痴を心の中でこぼしながらチラッと先生に視線を向ける。


 すると先生は先日の食事会の時のように、綺麗で気品溢れる仕草で朝食を食べていた。


 ……これが昨日、ビール飲んで寝落ちしていた人か。


「どうかしたの?」

「あ、いや、何でもないです……」


 いつも学校で味わっている、冷たくて鋭い口調に思わず目を逸らす。

 ……あの圧力を家でも味わうのか。


「それじゃあ私はもう行くから。くれぐれも、くれぐれも遅刻はしないようにね」

「はい……」


 そう言いながら先生は俊敏な動きで外に出て行き、一足早く家を出て行った。


「はあ……。大丈夫かな。これから」


 先生が出て行った瞬間、俺は大きくため息をついた。

 昨日はポンコツだったのに、朝起きたら冷酷な魔女。

 

 変わり身の術でも使っているのかと錯覚するほどで、俺は想像よりもメンタルが削られていた。


 ただでさえ知らない家で気を遣いっぱなしだって言うのに……。


「そう言えば、何で先生は同居を進めたんだ?」


 今さら過ぎる疑問が蘇ってきた。

 この同居を提案したのは父親だが、それに助け船を出したのは先生だ。


 むしろそのせいで現実化してしまったといっても過言ではない。


「いったいどうして――」


 その瞬間、外から何やら大きな音が響いた。

 何があったのかと急いで玄関の外に出てみる。


「な、何でもないわよ!?」

「……そう、ですか」


 するとそこには思い切り尻餅をついて、ちょっとだけ涙目になっている先生がいた。


「先生、先に行っているんじゃ……」

 

 と、声をかけたところ一匹の小さな猫が通り過ぎた。

 よくよく見てみると、先生のスーツにも猫の毛らしきものがくっついていた。


「もしかして……子猫とじゃれてました?」

「だって! だって! 初めてだったんだもん! あの猫が私に寄ってくるの!」


 突然喚き出した先生は、子猫を指差しながら訴えかけてきた。


「いつも私のことを見たら逃げられてたのに……今日は逃げなかったから」

「だから撫でてたんですね……」


 そう尋ねると先生はゆっくりと頷いた。

 さっきの衝撃はきっと、猫を追いかけようとして転んだのだろう。


「それはともかく、早くしないと遅刻しますよ? 俺もそろそろ学校行きますし……」


 さすがに一緒に登校するわけにもいかない。だから先生には早く泣き止んでもらって、学校に行ってもらわなければならない。


「あ~! どうしよう栄一くん! タイツが……」

「……破れてますね」


 転んだ拍子にでも敗れたんだろう。

 泣きっ面に蜂とはまさにこのことか。


「とりあえず早く着替えた方がいいですよ。敗れてるタイツで行くわけにもいかないでしょ?」

「でも……タイツ、これで最後だから」

「終わりじゃないですか……」


 やっぱりこの人はただのポンコツなのかもしれない。

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