朝起きたら……

「布団が一つって、どうするんですか!」


 まさかの事実が発覚して、俺は思い切り声を荒げていた。

 そう、それは布団が一つということ。

 今日は同居初日。相手は担任の冷酷な魔女。


 いくら義姉になったとはいえ……さすがに無理だろ。


「大丈夫じゃない~?」

 

 しかし冷華さんは何も動揺せず、グビグビと缶ビールを飲んでいた。


「何でそんなのんびりしてるんですか!」 

「え~? だって私いつもここで寝てるから」

「えっ?」

「いつもここで寝落ちてるのよね~」


 そう言葉を零し、冷華さんは再び缶ビールを飲む。

 ああ……なるほど。そういうことか。


 全く動揺しない理由が分かった。そっか、酒を飲んでそのまま寝落ちてるのか。


「って、そんなことしてたら風邪引きますよ!」 

「大丈夫よ~。そのために体内からアルコール消毒してるから」

「ただ酒飲んでるだけでしょ!」


 なんでお酒飲む人はみんなそう言うんだよ!

 父親も似たようなことを言っていて、居酒屋に行く時は『ちょっとアルコール消毒してくる』と言って出かける。


「ともかく、アルコール消毒にはならないで布団で寝てください!」

「でも……栄一くんはどうするの?」

「あっ……」


 そうだ。そう言えば布団一枚しかなかったんだ。

 どうする。どうするべきだ?


 今ここで、俺が出せる最善手はいったいなんだ? 


「……段ボールって布団になりますかね?」


 ――結果、導き出されたのはそれだった。

 厳密に言うと、部屋の隅に置かれた段ボールが視界に入っただけだが。


「捨て犬にでもなるの?」

「ですよねぇ……」


 さすがの冷華さんも肯定はしてくれなかった。

 酒も入ってるからワンチャン行けると思ってたのに……。


「じゃあ……一緒に寝る?」

「えっ?」

「だって……それしかないでしょ? 私がここで寝ちゃだめだったら」

「それはまあ……そう……ですけど」


 冷華さんが言った通り、全て丸く収まる最善手はそれ……。

 

 だが――


「――寝れるわけないでしょ!!!!」


 実行できるわけがなかった。

 こっちとら健全な男子高校生だぞ。


 そう、健全な……。


 健全な……。


 ……あれ? 何か、胸が痛くなってきた。


「どうしたの栄一くん」

「何でも……無いですよ……」


 というか、言えるわけないだろ。

 

「とりあえず俺は風呂に入ってくるので、また後で考えましょう」

「はーい。それまでに酔い冷ましておくわね~」


 そう言いながら冷華さんは新しくビール缶を開け始めた。

 言ってることとやってることが矛盾し過ぎてるんだよなぁ……。


 心の中で呆れながら風呂に行き、俺はサラッとシャワーを浴びた。

 どちらかと言うと風呂派なのだが何となく落ち着かなかったので、シャワーで済ませることにした。


 でも……本当に一緒に寝るってことになったらどうする?


 一枚しかない布団、家にいるのは俺と冷華さん。


 そして俺たちは義理の姉弟となった。


「……もしかして寝るしかないのか?」


 考えれば考えるほど、それ以外の答えが見つからない。

 別解を出そうとしてもこれ以上しっくりくるものが来ない。


「冷華さん、やっぱり――」

「すう……。すう……」

「マジかよ……」


 リビングに戻ると、冷華さんはこれ以上ないほど幸せそうな顔をして眠っていた。

 まさかこの一瞬で寝るとは……。


「……俺も寝るか」


 もう考えるの放棄することにした。


 ◆◆◆


「――君。栄一君」

「……えっ?」


 目を開けると目の前には冷華さん……いや、冷酷な魔女がいた。

 ピシッとしたスーツに身を包み、長い黒髪は寝ぐせ一つついていない。


 昨日はつけていたはずの眼鏡も今は外している。


「……夢だったのか」


 そう思えるほど、彼女の変わり様には驚かされる。


「早く準備しないと遅刻するわよ。義弟になったからと言って、甘くはしないからね」

「はい……」


 

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