えっ? 一つだけなんですか?
「ん~! 美味しい!」
完成した肉じゃがを、これまた美味しそうに頬張る冷華さん。
残念ながら彼女のポンコツによりお米がないため、今日の夕飯はこの肉じゃがだけである。
「栄一くんって料理上手なのねぇ! こんなに美味しい肉じゃが食べたこと無い!」
「あ、ありがとうございます……」
まるで子供のような純粋な笑顔を向けて褒めてくる冷華さん。
それだけでお世辞ではなく、本心で言っていることが分かる。これが演技だったら大したものだ。
……そう言えば料理を褒められたことって、今まであったっけ?
両親が離婚してから家事は基本的に俺の役目となり、自炊は数多くこなしてきた。
しかし父親は仕事で帰りが遅いことが多かったので、一人で食べることが殆どだった。
だから実はこの前の食事会と言い、人と一緒にご飯を食べるというのは久ぶりだったりする。
「……熱いな」
肉じゃがを一口頬張り、そう言葉を漏らす。
「大丈夫? 火傷してない? ふーふーしてあげようか?」
「そう言う意味じゃないですよ! というか、子供ですか!」
「高校生なんてまだ子供でしょ?」
「冷華さんだけには言われたくないですね」
学校での姿はめちゃくちゃ大人らしいが、家での姿は子供よりも子供らしい。
……まあ、ただポンコツなだけかもだけど。
「それより先生、何で学校じゃあんなに厳しいんですか?」
「えっ?」
「だって……学校とのギャップがあり過ぎませんか?」
今までずっと聞いていなかったが、ここに来てついに聞くことができた。
だって素直に代わり過ぎだろ。
十中八九こっちのポンコツが素なんだろうけど。
すると冷華さんは一度箸を置き、その後で思い切りテーブルを叩いた。
「だって! こっちの私で言ったら絶対に舐められちゃうでしょ!!!!!」
「……えっ?」
「“若い女教師”ってだけで舐められやすいのに、こんなポンコツ女だって分かったらさらに舐められちゃうじゃない!」
ポンコツだって言う自覚はあったのか……。
口に出そうとしたが、挟む隙を与えてくれなかった。
「だから厳しくやろうと思ったら、ちょーっと引き返せないところまで来てるというか……」
「ああ……。冷酷な魔女ですもんね」
「その名前で呼ばないで!!!!」
「あ、すみません」
「もう本当に誰がつけたのよこのあだ名……。全然嬉しくないのに……」
テーブルに頭を突っ伏しながら、うめき声のように言葉を零す冷華さん。
確かに……誰から言い出したんだろう。
気づけばあのあだ名が定着していたので、あまり気にしたことはなかった。
「このせいで飲み会とかにも誘われない……。お酒好きなのに」
そう言いながら冷華さんは冷蔵庫を開け、中からビール缶を取り出した。カシュという良い音を奏でると、浴びるようにビールを飲み始めた。
「ぷはー! やっぱり飲まないとやっていけないわよね!」
◆◆◆
「ご馳走さまでした~。ああ~! 美味しかった~!」
満足気にお腹を撫でながら上を見上げる冷華さん。かなりお酒が回っているのか、顔がかなり赤くなっていた。
「次はちゃんとお米買ってくださいね」
「はい! 頑張りまふ!」
「呂律回ってないじゃないですか……」
とりあえず少しでも酔いを抜いてもらうために、俺はコップに水を注いで冷華さんの目の前に置いた。
「そう言えば冷華さん、布団ってあるんですか?」
「うーん? 無いよ~?」
「えっ?」
「私の布団しか無いよ~」
「マジ……ですか?」
今日は同居初日。
運ばれた荷物の中に、俺の布団は入っていなかった。
あったのは学校で使う教科書や制服、そして私服などなど。
俺は急いでスマホを取り出し、父親に『くたばれ』とメッセージを送った。
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