先生なんですか!?

「はあ……」


 俺はスマホで地図を確認しながらある住宅街を歩いていた。

 見慣れない街並みなので、辺りをキョロキョロと見渡しながら。


「まさか本当に追い出されるとは……」


 食事かいの席で出た単なる思い付きかと思ったが、そんなことはなく本当に追い出された。

 というわけで俺は現在、義姉となった冷華先生のアパートに向かっている。


 そう、今日から俺は先生のアパートで暮らすことになったのだ。


「あれか?」


 迷い足のまま歩くこと数十分、ようやく目的のアパートらしく建物が見えてきた。

 確認したところ建物の名前もあっていたので間違いないだろう。


 連絡が来た感じだと、俺の荷物は既に先生の家に届いているらしい。

 元々そんなに荷物が無かったのが功を奏したかもしれない。


「えっと……確か201号室……」


 部屋番号を確認し、その扉の前に立つ。

 きちんと『水城』と書かれているので、ここで間違いないだろう。


「きっと家でもきっちりしてるんだろうなぁ……」


 小さくぼやきながら、俺は部屋のインターフォンを押した。


「……あれ?」


 しかし、反応してくるような声は何も無い。

 特に足音が聞こえてくることもなく、ただ無音の時が訪れてしまった。


 試しにもう一度鳴らしてみるが、『ピンポーン』と響くだけで先生の声は一切聞こえてこない。


「おっかしいな……」


 俺はスマホを開き、先生とのやり取りを確認する。

 最後のやり取りはほんの1時間ほど前。さすがに俺が来ることが分かっているのに、出掛けていることはないだろう。


 俺は辺りに誰も見ていないことを確認してから、ドアに耳を当てる。


「――て」

「えっ?」


 薄っすらと耳に入ってきた声。

 俺は感覚を研ぎ澄ませるようにゆっくりと目を閉じ、ちゃんと部屋の音を聞きとろうとした。


「……たすけて」

 

 はっきりとそう聞こえた。

 その瞬間、俺はドアノブに手を伸ばした。不法侵入だとか、怒られるとかそんなこと考えもせず。


「大丈夫ですか先生!」


 ドアを開けた瞬間、大量の段ボールが雪崩のように降ってきた。


「おわぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」


 咄嗟に腕で頭を守りながら、降ってくる段ボールの衝撃に耐えていく。

 やがてそれが終わった時、部屋の中を見てみるとこれまた大量の段ボールやゴミで埋め尽くされていた。


「栄一くーん!!!!!!!!!!!!!」

「えっ?」


 その瞬間、目の前からやってきた一人の女性に抱きつかれ、そのまま押し倒された。


「どうしようどうしようどうしよう! Gが! Gが出たの!」


 俺のことなんてお構い無しに叫び散らかす女性は、ダボっとした大きめのTシャツを着て眼鏡をかけていた。

 長い黒髪は寝ぐせで跳ねていて、言葉を選ばずに言うならボサボサといったところ。


 誰だ? この人? 先生の知り合いなのか……?


 というか、もしかしなくともこの感触って――


「おわぁ! ごめんなさいごめんなさい!」


 気づいてはいけないことに気づき、俺は急いで女性を引きはがして立ち上がった。


「どうして栄一くんが謝っているの?」

「いやだって……。あれ? 何で俺の名前を……?」

「えっ?」

「えっ?」

 

 何その反応? もしかして会ったことあるのか……?

 それとも……。


「冷華……先生なんですか?」


 恐る恐る、震えた声で俺はそう尋ねた。


「そうよ?」


 おいおい……マジかよ。

 

 義姉となった先生は、家ではかなりズボラな恰好をしているというのが分かった瞬間であった。









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