1章

父親が再婚するらしい

「再婚する!?」


 ――早朝。

 近所迷惑のことなんて考えもせず、俺――椎名栄一しいなえいいちは、テーブルを叩きながら父親に叫んでいた。


「ああ……」

「“ああ”って、そんな簡単に答えられても! って言うか、いつからそんなの考えてたんだよ!」

「花子さんに会ったのは今から1年前こと……」

「違う違う違う! 馴れ初めを聞いてるんじゃないんだよ!」

「そうか……」

「残念そうな顔すんな!」


 再び叫んでしまった。 

 俺は現在、父親と二人暮らし。両親が離婚したのは小学生の頃で、原因は母親の浮気だそうだ。


 だが、たった今、父親から『再婚する』という衝撃の告白をされた。

 

「とりあえず、今日顔合わせがあるからな。お前もそのつもりで居ろよ~」

「顔合わせ!? しかも今日!?」


 衝撃のパンチが強すぎる。

 何でそういう大事なことをまとめて言ってくるんだ。

 

 すると父親は「そろそろ時間だ」と呟きながら立ち上がり、ハンガーにかけていたジャケットを羽織る。

 そのままリビングを出ようとするが、ドアを開けたところでくるっと振り返ってきた。


「あ、そうそう。相手にも娘さんがいるんだけど、美人だから楽しみにしてろよ~」

「娘さん!?」

「じゃあな~」

「ちょっと待てぇぇぇぇぇぇ! ……逃げやがった」


 俺がドアの方に行った時には、既に父親は家の外だった。

 昔っから逃げ足だけは早い。


「……さすがに急すぎるだろ」


 父親の再婚宣言と、本日顔合わせ。おまけに相手には娘がいて美人。

 最後の情報は正直どうでもいいが。


 駄目だ……頭が理解を拒否している。


「はあ……」


 ため息をつきながら何となく時計の方に視線を向ける。


 時計は午前8時15分を示していた。


「やべっ! 遅刻だ!」


 俺は急いで荷物を取りに行き、学校へと走った。


◆◆◆


「……何とか間に合った」


 学校についた俺は、自分の席に深く寄りかかりながら大きく息を吐いた。 

 あのくそ親父……。朝から余計な体力使わせやがって。 


「よう、栄一。珍しくギリギリだな」


 その時、後ろから聞き馴染みのある声が聞こえた。

 振り返ってみるとそこには、同じクラスで友人の戸塚大樹とつかだいきがいた。


「……父親が再婚するらしい」

「え、マジで? めちゃくちゃ面白そうじゃん」


 話を聞いた大樹は、まるで小学生のように目をキラキラ輝かせて後ろの席に座る。


「お前な……もうちょっとないのかよ」

「何だよ、大変だなぁとか言った方がいいか?」

「いや、お前にそういうのは期待してないわ」


 むしろ大樹に過剰に同情されたら、それはそれで腹が立つ。

 

「別に良いじゃん再婚。何が嫌なんだよ」

「俺も嫌ってわけじゃねえよ……」


 むしろ父親が幸せになるというのなら構わない。

 今さら母親へ未練があるわけでもないし。


 俺が腹が立っているのは、告白のタイミングだ。


 もう少しこう……緊張感というか、そういうものを意識して欲しかった。


「しかも顔合わせが今日だってさ」

「うわっ、あの親父さんらしな……」

「連れ子もいるんだって。それに美人」

「美人!?」

「そこに反応するなよ」


 大樹は今まで以上に目を輝かせている。

 こいつと出会ってもう一年以上経つが、こんなにもテンションが上がっているのを見るのは初めてだ。


「どんな美人なんだ!?」

「いや、言われただけで写真とかは別に……」

「何だよ~。そこは見せてもらえよ~」

「何で俺より気になってるんだよ」

「そりゃあ気になるだろ! むしろ何で栄一は気にならないのか?」

「別に――」


 その時、ガラガラッという音が教室に鳴り響いた。

 賑やかだった教室が一瞬で静まり返り、クラスメイト全員の視線が、前の入口に集結する。


 カツっカツっと、音を鳴らしながら教卓の前に立つ一人の教師。

 長い黒髪に整った顔立ち、スラっと長い足に細い体。


 たった一言で表すと、めちゃくちゃ美人である。


 たった今教室に入ってきた人物こそ、このクラス担任である水城冷華先生であり、


「3秒以内に自分の席につきなさい。成績を下げられたくなければね」


 別名『冷酷な魔女』と呼ばれている教師だ。




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