冷酷な魔女と言われる担任は、家ではポンコツお義姉ちゃんでした

そえるだけ

0章

担任はポンコツお義姉ちゃん

「宿題を忘れた……?」


 その一言で教室内の空気が一気に凍り付く。

 教壇に立っている担任の水城冷華(すいじょうれいか)の視線は、ただ一人の男子生徒に向けられていた。


 彼女はこの学校で『冷酷な魔女』と言われている。


 ほんと噂に恥じないな……。

 

 俺はきちんと宿題をやってきた自分を心の中で褒めた立てていた。


「あの、放課後までに何とか出しますので」

「この授業で提出するようにと伝えたはずよ。だから放課後は受け付けないわ」

「そんな……」

「授業を始めるから座りなさい。時間の無駄だわ」

 

 クラスメイトの切実な願いもバッサリと切り捨てて授業に入る冷華先生。

 ちなみに彼女の授業で何か忘れ物の一つでもしたら、その時点で成績が一段階下がるというシステムになっている。


 だから生徒たちは冷華先生の授業で絶対に忘れ物をしないよう気を付けているのだが、ごく稀にこうして忘れてくる生徒がいる。


「今日も容赦ねぇな……」

「この学校の先生皆優しいのにね……」

「さすが冷酷な魔女……」

「あんなに美人なのになぁ……」


 ボソボソと話しているような声が聞こえる。

 そう、これが学校での冷華先生の印象だ。


 美人だけど厳しくて、どこか近寄りがたい。


 誰しもがそう思っている。

 そう、学校では――


 ◆◆◆


「もういやぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!! 」

「飲み過ぎですよ冷華先生……。明日も学校あるのに……」

「止めて! 家でも『先生』なんて言わないで!」


 そう喚きながら冷華先生……いや、冷華さんは俺に抱きついてきた。

 手にチューハイ缶を持ちながら。


 ……お願いだから軽率に抱きつくのは本当に止めて欲しい。

 

 冷華さんは家ではダボっとしたTシャツを着て、コンタクトではなく眼鏡をしている。

 ブラなどはしていない。

 だから抱きつかれると、生々しい温かさと柔らかさが伝わってくるのだ。


 本当によろしくない。こっちとら思春期真っただ中の男子高校生だぞ。


「ねえ栄一君、お酒持ってきて~」

「嫌ですよ。自分で持ってきてください!」

「ええ~。ケチ~……」


 駄々をこねる子供のように頬を膨らませ、ハイハイしながら冷蔵庫へと向かった。

 ……せめて立って移動してくれよ。


 これが学校で『冷酷な魔女』と言われている正体だ。

 

「ねえ、栄一君~! 冷蔵庫開けたらお酒降ってきた~!」 

「……勢いよく開けるからですよ」

 

 そのまま冷華さんはチューハイ缶の蓋を開ける。

 するとまるで噴水のように中身の酒が出てきて、床に大量に零れる。


「あ、ああ! ああああああああ!」


 床に零れた酒を見て、涙目の冷華さん。

 いやいやいや、そりゃあ落ちた酒缶を開けたらそうなるでしょ。


 これが家での冷華さん。学校では真逆の紛れもないポンコツ。


 そう、だ。



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