第3話 酒保しゃんぜりぜ②
生姜焼き以外には何もない。ごはんも、味噌汁も。しかし、生姜焼きの味を試験しろと言われているのだから、上々だった。
「頂きます」
手を合わせて、箸で一枚つまむ。とろりとした企業秘密から、芳醇な生姜の香りが漂った。
そしてそれを、口の中に運び、咀嚼する。肉は柔らかく、すぐに噛みちぎることが出来た。
味も良かった。甘すぎず、辛過ぎもしないその味が、いかにも『店の味』といった感想を頭の中で過ぎらせた。
「美味しい」
その一言だけを、俺は漏らした。
アヤメは、ほっと一息、安堵した。タシュケントさんも、微笑みを浮かべていた。
いや、これはイケる。お店として、立派な出来だ。少し生姜の風味が強すぎる気もしなくもないが、それ以上に、『企業秘密』と謳われたタレの出来が良かった。
無意識に満足げな顔を浮かべてしまったのか、タシュケントさんは「こりゃ経営続行だな」とつぶやいた。
「美味しい!?私の料理」
アヤメは首を突っ込んで聞いてくる。
「あぁ。流石、これ専門にやってるだけあるよ。これなら、生姜焼き専門店でもやっていけるんじゃないか?ちょっと生姜が強い気も、しなくもないけど」
しかし、俺はここで、ちょっとした失言をしてしまったようだ。
「生姜が強い?」
タシュケントさんが、強い口調で言った。
俺は慌てて、「いや、ちょっっっと気になる程度ですよ?ちょっとです。それに私の好みもありますし、生姜焼きって名前なんだから生姜の主張が強くてなんぼというか……」と早口答弁をかました。
「そっか…ダメだったか……」
アヤメは、今にも泣きそうな表情を浮かべた。
「これは…閉店だな」とタシュケントさん。
「ちょっとおおおおおおおおおおおお」
◯
というわけで。酒保しゃんぜりぜは、ヤニカスクソアホゴミガキのせいで、閉店となりました。チャンチャン
な訳あるか殺すぞ
俺はどうにかして、失言を撤回しようと試みる。
「いやタシュケントさん!僕は心から『美味しい』と言ったんですよ!?これは本意です!!」
「でも、『完璧』ではないんだろう?生姜焼き専門店なのに、その生姜焼きが完璧ではないって、ねぇ」
「いやでも、とんこつラーメン専門店なのに、そうでもないっていうお店もあります!!××××とか!!」
「それ、墓穴掘ってるよね、遠回しに、『アヤメの生姜焼きはそうでもない』って言ってるようだし…」
「いえいえいえそうじゃありません!僕は……あぁ、アヤメさんとやらそんな悲しい顔しないでッ!!」
「ズーーン」
うん。こりゃあやっちまった。
はてさてどうしようか。アヤメに生姜焼きを作ってもらった恩は仇で返したくないし、この店を潰れさせることなんて尚更したくない。しかし、この状況、どうすればいいのか!
そうだ、そもそも、『生姜焼き専門店』を辞めればいいのでは?
「そうだ!僕が他の料理をしますよ!!家庭料理には自信があるし、毎日作ってるからノウハウもあります!!」
いや、ちょっと待って。桜橋零二さん。あなた…何を言っているんですか??
と、自分でツッコミを入れても、もう後の祭り。
「君が…料理を?」
アヤメは首を傾げる。
「ふむ…」
タシュケントさんは、なにか納得したような顔を浮かべた。
「いや…その…まぁ、お店で出せるほどかって言われたら自信はないですが、少なくとも僕の母と友達は美味しいって言ってくれて…ます……はい」
「……ちょっと
「は、はい」
タシュケントさんは割り箸を手に取り、残りの生姜焼きを食べた。
無口で嚥下した後、顔を天井に上げ、「ふふふ、」と笑みをこぼした。
そして、「確かに、言われてみたら生姜がちょっと強い。でも、並大抵の人には、こんな些細な点は気づくことは出来ないだろう。君は、相当今まで料理をしてきたね」と言う。
「私も、今まで何度も味見したけど、そんなところ気づかなかった…」とアヤメ。
俺は内心やばいやばいと叫びつつ、頭を縦に振っていた。(ダセェ)
タシュケントさんは厨房に入り、「アヤメ、生姜の量を減らして、もう一回作ってみないか?零二くんも、いいよな?味見」と提案した。
時刻は5時15分。本当にそろそろ帰らなければやばい時刻だが、NOなんて言えなかった。だって俺が巻いた種なんだもん。
アヤメは若干口角を上げつつ、再び、コンロの火を灯した。
◯
アヤメが再び作った生姜焼きは、『完璧』に近いものだった。
「よし、この味なら専門店でも問題ないでしょう!」と逃げる俺だったが、一度やってしまったことは取り返しがつかない。
「で、君が料理をするという件だが…」と、タシュケントさんは前のめりで話し始める。
「ぜひ、この店の店長をやってくれないか?」
なんか話がぶっ飛んでね?
「いや、タシュケントさん…それは流石に…だって俺、高校生ですし……」
「高校生でも店長やってる奴ぐらい、たくさんいるだろう。第一君、静岡南高だろ?頭がいい学校の」
「ま、まぁ…」
「しかもあの高校、校則がプルーン食いまくった後のお腹ぐらい緩いって聞いたことがあるぞ?」
「多分食中毒になった時のお腹ぐらい緩いです。はい」
「ほーう、なら尚更いいじゃねぇか」
なんで俺はこうも、墓穴を掘るのがうまいんだ。
「アヤメの仕事のこともあるしなぁ……。やっぱりもう一人いた方がいい。それにな、確かに似てるんだよ。零二くん」
タシュケントさんはそう付け足した。「何に?」
「元店長さんだよ。その人の目と、君の眼が、結構似てるんだ」
「…店長さんって、どんな方だったんですか?」
「結構年配の方だったよ。でも、この世のものとは思えないぐらいの人情があったね。君も、そんなんだろう」
「いや、俺はそんなんじゃないですよ」
「さぁ、どうかな」
タシュケントさんは満面の笑みを浮かべて、「それじゃあ、これから頼むぞ新生店長!」と俺の肩を叩いた。
「っ……はい。頑張ります」
俺はこれから先、どうなってしまうのやら。
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