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蒼井どんぐり

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「あ、えと、しゅーじんこう、だっけ? いったい、そりゃ、なんなんだで、神様」

「はぁ、いや、”主人公”ね。もう何度も説明したじゃないか」


神様と呼ばれたその人物は呆れながら、目の前の男を指さして言う。


「君はこの村の主人公に選ばれたんだ。この村の未来を作る主人公。わかる?」

「しゅじんこう…。はぁ、それはもらえると何か変わるんか? 牛が高く売れるとか」

「うーんと、そうね。じゃあ」


神様と呼ばれた男は二人がいる藁でできた小さな小屋の入り口を指さした。その先には豚が小さな鳴き声を上げながら、木の囲いで囲まれた広場を駆け回っている。


「あそこに君が育てている豚がいるだろう」

「おう」

「で、君は豚に餌をあげて育てているが、君がそれをしなくなったらどうなる?」

「そりゃ死んじまうだろう。大変だ」

「その通りだ。でも君が餌をあげ続ければ豚は生きていることになる。つまり、豚が死ぬか死なないかは君が餌をあげるか、あげないか、君の行動にかかっているというわけだ」

「ふむふむ」

「それが村に対しても同じものと思ってもらいたい。村のみんなの未来は君の行動にかかっている」


それを聞いて、考え込む主人公、になったとされる村人。彼は承知したという表情で顔を上げる。


「この村さのみんなは、豚だったんけ?」

「違う!!」


神様と呼ばれている男は立ち上がり、小屋の入り口方へと立った。晴れた空を見渡しながら、背後の村人に言う。


「村人や村のこれからをどうするか、それは君しだいというわけなんだよ。それだけの影響力を持つのが”主人公”ということなんだ。そのルールがこのゲームのルール」

「え、わし次第なんけ?」


村人も一緒に立ち上がり、神様の後ろを追う。

二人が小屋の入り口に立つと、目の前には小さな集落が広がっている。子供達は石拾い集めはしゃぎ、大人達は槍をといでいる。牧歌的な村の風景が広がっている。


「そう、君がどうしていくか、どうしたいか次第でこの村が変わっていくのさ」

「すごいな、しゅじんこうって! なあ、わし、しゅじんこうじゃって! 神様が言っとる!」


そう村人は目の前を通りかかった別の村人に話しかけた。

その村人は何か怪訝そうな目でその男を見返しながら


「何一人で騒いでるんだっぺ」


と言いながら二人の前を通りすがっていってしまった。


「じゃあ、君はこれから村を好きに変えていくことができる。君次第だけれど、まずはどうしたい?」

「えー、じゃあ、まずはのう、冬に備えて貯蔵庫が欲しいんじゃったの」

「うんうん、で主人公の君なら?」

「それができるんじゃな? わしは主人公だから!」


ガハガハと笑いながら、主人公であるその村人はそのまま村の中に分け入ってしまった。


「ふう、まずは一人」


神様と呼ばれていた男はそのまま浮くと、空の方に上がっていく。

徐々に上昇するとともに村は小さくなっていった。


「じゃあ、次はあいつにするか」


彼の目線の先には、先ほど小屋の前で通りかかって怪訝そうな目でこちらをみていた男がいる。その男目掛け、急接近し、一瞬のうちにその男の目の前に彼は姿を見せた。


「うわぁ、え、なん、なんだべ?」

「えっと、突然だけれど、君はこの村の主人公になったんだ」





「ふう」


神様と呼ばれた男が疲れた様子で項垂れていた。

あの最初の村人に話しかけてかけてから、時間にしては半日ほどが経過している。


彼はいつの間にか無機質に白く、生気が感じられないほど物もない空間に移動していた。いくつかのテーブルが並び、その上にある球体型の不思議なオブジェクトに彼は疲れたようにもたれかかっていた。

そのオブジェクトの中には先ほどほどまで彼がいたあの”村”の様子がゆらゆらと浮かんでいる。


「お疲れ様です、順調ですか? 神様」

「なんだ天使君か。まあ、ひどく疲れたな。今回は」

「久しぶりに直接下界に手を下してましたね。でも、今回の干渉はなんで必要だったんですか?」


そう天使は言い、神様と呼ばれた男の目の前にある球体型のオブジェクトを横から覗き込む。その中では小さく動く村人たちは血気盛んに動き回り、数倍の速度で動いているようだった。


「端的にいえば、自己の獲得の遅延が理由だな。今回の設定条件だと、だいぶ進化のスピードを絞りすぎて、安定期に入ってしまったからね。今回は意図的に彼らに一種の発明を与えた。それが自意識だ」


彼はその球体から体を離し、その表面に指を走らせると、中の映像が小さくなり空中から村全体を捉える映像となった。

どんどんと村の姿は様相を変えて、小屋の数は増え、大きさも増している。


「何事も行動しないと進歩は生まれない。それはどんな時代だって変わらない人類社会の共通項だ。それこそ、与えられた役目を日々こなすのではなく、自分の行動で世界が変わるという認識の上で働きかける、その意思がより重要となる。それが文明を築いていくのか、はたまた闘争を呼び滅ぶのかはわからないがね」

「なるほど、だから"主人公"。まるでゲームですね。でも皮肉です。その役割をあなた自らが人類に与えてるんだから」

「まあ、これは神の信託なので許してくれ。繰り返しの歴史において何度も行ってきたことだ」


そう言い、神様と呼ばれた男は伸びをしながら席を立った。病的なまでに汚れひとつない白く清潔な空間を歩きながら、彼はテーブルのあったポッドからカップにコーヒーを注ぎはじめる。


「でもこれでまたしばらく自立進化を観察できる段階に入る。君の期待していた通り、これでやっと人類も進歩を始めていくよ」

「それは朗報ですね。やっと神永さんが働いてくれて、とても嬉しいですよ」

「うん、なんだって?」


先ほどまで神様と呼ばれていた男は手に持ったカップを振るわせながら天使に質問した。その目はどこか虚空を見ているようで、さっきまでの整然と喋っていた彼のものとは似ても似つかない。コーヒーが少しこぼれ、真っ白なテーブルに茶色い汚れが染み込んだ。


「いやいや。ただ久しぶりに研究に進捗があって、僕もだいぶ心を撫で下ろしたってところですよ、神様」

「私だって別にサボっているわけじゃないさ。でも君がハッパをかけてくれてよかったよ」

「感謝してください。じゃあ、私はちょっと天使長のところに用事あるので」


そう言いながら天使はその空間にある扉の前から部屋の外に出ていった。それを見送り、神様と呼ばれていた男はカップのコーヒーを飲み干し、球体型のオブジェクトを再び覗き込む。


「さあ、君たちの意思がどんな世界を形作るか、とても楽しみだ」





「今回も苦労したけど、なんとかなってよかったな」


天使と呼ばれていた男はいつの間にか空高く飛んでいた。それは先ほどまでいた、神様と呼ばれた男のいた場所よりずっと高く。周りの景色は黒く沈み、真下には青い星の姿が大きく見え始めている。


「やっと、研究を始めてくれたはいいけど、神永博士、また引きこもってしまわないかだけが心配だな。また後で様子を伺いに行こう。またスケジュールを調整しないと」


上昇を続けた彼が見上げると、目の前に城とも砦とも見えるような大きな物体が佇んでいた。けたたましく光が音がこだまし、何かの機械が近くを通り過ぎていく。

その城にたどり着くと、奥から彼と同じような姿を持つ女が現れた。彼女は手を彼に差し伸べる。


「あら、お疲れ様。今日はどちらの方のところに?」

「例の人類史特異点No.464、その発生原種であるあの博士だよ」

「ああ、”神様”だっけ」


天使と呼ばれていた男は彼女の手を掴み、乗り上げながら降り立った。二人は歩き出しながら城の入り口へと向かっていく。


「あなたも物好きね。あの老人の狂気に付き合うなんて」

「まあ、自分を神様とでも思わないと、続けられない研究だとは思うよ。世界を作り、それを崩壊させて。それを繰り返すような物だからね。きっと責任と罪悪感に押しつぶされないための、彼なりの自衛なんだと思う」


天使と呼ばれていた男は不思議なほど流暢に彼女に向かって言った。


「でも、あの技術が人類の今後の存亡に関わってくるなんて、本当の意味であの人、神様になってしまうんじゃないかしら」


あはは、と彼の隣を歩く女が疲れたような声で笑う。


「でも、本当に最近は激務だわ。私もこの前も下界に何連勤してるかわからなくなった。ボーナスも出ないし。本当にやってられない。逃げ出してやろうかしら」

「そうかい? 僕の方は別にそんなに大変でもないかな、人類を導く、当たり前の職務をこなしているだけだ。それにやっと念願叶って天使になれたんだから、太古の昔から人々を導く、由緒正しい仕事だ。誇りを持たなきゃ」

「え、それってどういうこと?」

「え、いや、僕は当たり前のことをしているだけって」


天使と呼ばれていた男は女の方をみると、どこか不思議そうな、悲しそうな、形容のできない表情で彼の目を覗き込んでいた。

その顔は何かを言おうと口を開け、そうではなく…と小さく声が漏れたが、結局、


「そう。うんうん、なんでもないわ」


そう言って、女は先に歩いていってしまった。彼女は地に足をつけ、とぼとぼと進んでいく。


「なんだ、変なの」


天使と呼ばれていた男は立ち尽くして、不思議そうな表情でその彼女の後を追った。

闇世の中、終始休まず照らされ続ける光が彼女の背中を照らす。きっと彼女は自分の役割の重要さをわかっていないんじゃないか、彼女は何も背負っていなくて気楽だな、なんて、寂しそうな彼女の背中を目線でおった。


彼女に飛んで追いつこうと踏み込んだところで、彼はさっき背中を痛めていたかもしれない気がして、そこから飛び立つことを止めた。


<了>

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