1-4 おもえば遠く

 おもえば遠くへ行き、そして帰ってきたものだ。一生向こうか、はたまた野垂れ死ぬか。

 異世界に足を下ろしたばかりの時は、そんなことばかり考えていた。

 そうして、いざこちらに戻ってきてからというもの、自分の居場所がどうにも定まらない浮ついて不安定で、それでいて空虚な気持ちがぐるぐると渦巻いていた。

 ここが本来いるべき正しき世界。そうあるべきだと自分に言い聞かせる毎日。

 生きるか死ぬかの環境で、生きることが辛かった瞬間もあった。向こうで過ごした時間の全てが幸福であったわけではないが、生きることをこの上なく幸福であると感じる瞬間は確かにあった。

 そして、生きることに困らない今。

 精神的に疲れる日々でがあるが、明日が確かに保証されている日々である。

 決められた仕事を行い。見合った賃金を得る。

 あちらで出会った、あの人はこの人。

 こちらで出会った、あの人この人。


 思い浮かべる、かつての冒険。


「ああ、そうか」


 最初から答えが出ていたわけでない。


 決めた。

 決めたのだ。


 戻れるのか。

 戻るのだ。

 

 そうして準備を始めてから1ヶ月。

 会社には退職届を提出した。

 ガス水道、電気に家賃。

 親類家族に別れを告げた。

 戸惑われたが、納得された。

 年上となった妹にさんざん悪態をつかれたが、最後は泣いて笑って抱きしめられた。


 そうしてある日の午後5時。


 今日が最終出社日、あと1時間で仕事が終わる

。送別会も先日行ってくれた彼ら彼女ら、同僚、後輩、上司に先輩。終業を目指してラストスパートといった具合で業務に勤しんでいる。

 そんな光景をゆっくりと、刻み込むように眺める。

「先輩、どうかしました?」

「あー、どうかしているように見えるかな」

「……少なくとも、退職すると言われたその瞬間から今の今まで、上の空というか心ここにあらずと言うか。ですね」

 そんな風に見えているとは思いもしなかった。後輩に気遣われるなんて、反省だ。

「ところで先輩、退職されたらどうされるんですか? いくらなんでも早期リタイアには早すぎると思うのですが転職ですか?」

「転職と言えなくもないけど、そうじゃないかな」

「どうにも煮え切らないじゃないですか。ひょっとして起業でも?」

「まさか違うよ」隠すわけではないが、話すことでもない。「ともかく今までありがとう。あんまりよい上司でも、先輩でもなかったけど、これから頑張って。君ならもっと色んなことに挑戦出来ると思ってる」

「…………」

「…………」

 数秒の無言。

「先輩はどうかしてますね」

 唐突の暴言に驚き、その理由を「何が」と尋ねる。

 後輩はうっすら笑いこう言うのだ。

「また向こうに戻ろうだなんて考えているところがですよ」

「何でそれを……!」

 家族以外には言っていないのに。

「驚きました。本当に戻る気なんですね」

「いやえっと……どういう……」

 何がなんだか。

「私も異世界帰りです。先輩と一緒です」

「そう……だったのか」

 自分がそうであるのだから、そんなことはありえないなんて事はありえない事はわかるが、それでもまさかの事である。

「まったく気づかなかった」

「必死に隠してましたから。案外隠せるものですよ。人事の人への根回しも完璧なので。それでも調べたらわかるんですけど、わざわざ調べるようなことをする人なんていませんから」

「もっと早く言ってくれればよかったのに」

「……私は……とてもじゃないですけど、あちらの事を懐かしんで話す気にはならないです。何も出来ないわけではありませんでしたけど、これと言って何かをしたわけではなくて。戻れるその瞬間を待って、待って待ってようやく戻れたんです」

「えっと……」

「っあ勘違いしないでくださいね。引き止めようとしてこんな事言っているわけじゃないですよ。ただもうたぶん先輩とはこれっきりになりそうですから。言いたい事は言っておこうと思いまして」と捲し立てるように後輩はいう。「ともかく、私はこの世界が好きだってだけです。そして……先輩が好きだったてことです」

「いや、いやいや。すごいタイミングで言うじゃないか後輩」

「狙ってましたから。胸に刻んで旅立ってください」

 そう言って、後輩はーー彼女は拳を軽く僕の心臓に打ち込んできた。


 その瞬間が訪れる。


 かつてこの世界との別れは唐突だった。


 しかし今回はそうではない。


 全て自ら投げ捨てて、再び舞い戻る。

 そうしたいと願ったから。

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