第123話 因果応報

 リウ大人は、ルクスが息を引き取るのを見て、それでも釈然としない顔をしていた。


「これで、終わりとは思えんな……奴のバックアップが、まだ残っているかもしれん。SKA幹部も、まだゼブルという男がいる。他にも、知らないだけで、誰がいるかはわからない。決着はついていないかもしれない」

「そうだな」


 清澄は道服の埃を払った。


「清澄。これでルクスを始末するという目標は達成した。これから先はどうする?」

「決まっているだろう。ユキを確保する」


 ファティマには殺害してもいいと指示を出している。しかし、SKAにもう一人の娘を拘束されている以上、保険のためにも、ユキを死なせるわけにはいかない。


「なあ、清澄。ひとつ、お前の考えを聞かせてくれ」


 リウ大人が尋ねてきた。


「なんだ?」

「お前は、死をどう考えている。人を殺すということを、どう考えている。私には、ルクスの言葉があながち間違いであるとは思えないのだが」

「この世に、間違っている人間などいない。その人間ごとに真実はある。だから、リウがそう感じたのであれば、それも間違いではない」

「そうか……そういうものなのか」

「が、進むべき“道”はある」


 清澄は歩き出す。まだルクス戦のダメージを残した体で、最後の戦いに臨むため。


 もう悟っている。感じる。ユキたちは屋上にいる。そこには、弟の晃一、いや、遠野玲もいる。


「正しい、間違っている、ではない。生き死にの問題でもない。命の意味に、価値に、思いを巡らせるよりも前に、人はもっと大事にすべきことがある。“道”だ。人として守るべき、人の“道”だ」

「……清澄?」

「かあさまは、答えを教えてくれていた。かあさまを失って我を忘れていた私に、すでに生前から答えを教えてくれていた……どうして、私は、そのことを思い出せなかったのだろう。どうして、このようなことになってしまったのだろう」

「清澄、お前」


 リウ大人が絶句する。


 清澄は泣いていた。涙をこぼし、霞んだ視界を元に戻そうともせず、歩を進めていく。


「もう後戻りなど出来ない……でも、しかし、私はかあさまを復活させて、何をする? 謝るのか? 私の愚かさを……甘えたい、すがりたい、泣きつきたい……ああ、だが、かあさまは決して私を許しはしない……ならば、私は、どうすればいい? ……それでも、やるしかないんだ。人の道を外れようとも」

「清澄、待て。何をさっきから、おかしなことを」


 屋上へ向かおうとする清澄を止めようと、リウ大人は手を伸ばした。


 銃声が聞こえた。


 リウ大人の胸に、赤い点が浮かぶ。じわじわと、赤い点は面となってゆき、シャツを真っ赤に染めてゆく。


「リ……リーファ……⁉」


 胸を押さえたリウ大人は、かすれた声で叫んだ。


 まさかの乱入者。外見年齢15、6歳くらいの肉体で現れたリーファは、艶やかな赤いチャイナドレスに身を包んでいる。


「借りを返しに来たわ、爸爸。よくも私の命を散々弄んでくれたわね」


 リーファは、自分の父親に銃口を向けて、冷たい目で睨みつけている。リウ大人は顔を驚きなのか怒りなのかよく判別出来ない形に歪めて、リーファを指さした。


「そ、その肉体は、どこ、で……」

「爸爸が指示を出さなければ、私は二度と復活出来ないと思っていた? 残念ね、ルクスよ。爸爸の造反を知っていたルクスが、私のことを復活させてくれたの。自分が敗れたときは、爸爸を殺せ、って交換条件で」

「馬……鹿な」


 力尽きて倒れるリウ大人を、やはり冷ややかな目で、清澄は見下ろしていた。「最後の最後で、ルクスに負けたか。それも天命。諦めろ」


 リウ大人は口をパクパクと動かして、清澄の道服の裾を掴んできた。が、清澄はその手を蹴って、払いのけた。リウ大人の顔に、驚きの色が浮かんだ。


「あとは、かあさまを復活させるだけ。そのためなら、私はあえて人を捨てよう。お前は、もう用済みだ」

「な――」


 清澄の冷酷な言葉に、リウ大人は何かを言おうとした。が、その頬に穴が開き、耳が千切れ飛ぶ。顔面に次々と穴が開いていく。リーファの銃の乱射を受け、リウ大人の頭部は原形を残さないほどグチャグチャに砕き潰されていった。


 狂ったように嬌声を上げながら撃ち続けるリーファを後にして、ラウンジを出ると、清澄はフロア奥にある非常階段の扉を開け、屋上を目指した。




 自分は人の道を外れていると知りつつも、目的のために前進を続ける清澄。それだけがこの三十一年間の生き甲斐だったから、止まるわけにはいかない。もう元の状態になど戻れないのだ。


 ふと、妻のマドカと、ユキと、名前も付けていないもう一人の娘と、家族四人で幸せに、平和に暮らしている光景を想像した。


 だけど、自分にはかあさまを復活させて、子どもの頃のように一緒に暮らす以外、幸せになれる道はないのだと思い返し――清澄は夢想を捨てた。


 かあさまが蘇れば、また甘えられる。本も読んでもらえる。遊園地とか、動物園とか、楽しいところに連れてってもらえる。玩具だって買ってもらえる。辛いときや哀しいとき、頭を撫でて慰めてもらえる。かあさまがいれば、ずっとずっと幸せになれる。


「かあさま」


 心の中の何かが崩壊しかけている清澄は、くしゃりと相好を崩し、またかあさまと楽しく過ごせる日々が来るのだと、心躍らせていた。


 階段を、ウキウキと二段飛ばしで上がっていった。

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