第107話 静かなる覚悟
―同刻 広阪の美容院―
「先日より三元教がテロ活動を起こしている。また、SKAが宣戦布告をしてきた。完全に、我々日本は侮られている。このまま自由にさせてもいいものだろうか」
客のいない美容院の中、上杉平蔵はアマツイクサの部下である千鶴に、今後のことを話していた。
千鶴の横には、栗色のショートヘアをした、大人しそうな女の子が座っている。千鶴の妹の千里。彼女もまた、アマツイクサの一員であり、千鶴に勝るとも劣らない腕の持ち主である。
アマツイクサでも屈指の戦士、“千鳥の千鶴”と“化鳥の千里”を前にして、平蔵は滔々と今回の戦いの重要性について語っている。
「いいわけがない。これは、日本に対する挑戦だ。古来より日本を守り戦ってきたアマツイクサとして、奴らを倒す義務がある。そのためには、君らにも協力してもらう」
「他のアマツイクサはどれだけ集まるのかしら」
「すまんが、千鶴。日本各地でテロ活動が起きている。その鎮圧で、他のアマツイクサは動いている。もちろん、こちらには選りすぐりの精鋭を十名ほど手配してある。その十名と組んで、君と千里には、任務についてもらう」
「オーケー。で、相手するのは?」
「まずは、SKAの強敵から先に叩き潰す」
玲に届いたSKAの手紙のコピーを、平蔵は千鶴に渡した。モリガン・ミリヤードの名前に赤丸がついている。
「アマツイクサは、最も戦闘に長けている。おそらく、三姉妹の中で一番強いと思われるこの女を、我々が相手する」
「あやめは?」
「神座部(かみくらべ)あやめには、傷の回復次第では参加してもらう」
「万全の状態じゃなくても、彼女は戦うことを希望すると思うわ」
「……だろうな。その時は、希望を聞き入れよう。ただし、犬死にだけはさせるな。お前が守るんだ、千鶴」
「オーケー、ボス。で、ボスは参加するの?」
「私は、この女と戦う」
平蔵は、マッハの名前を指差した。
「大丈夫?」
「老いたとはいえ、心眼は衰えていない。スピード勝負を挑む敵であるなら、私が適任だろう」
しばし、千鶴は疑わしげな目を向けていたが、やがてフッと微笑んだ。アマツイクサは死を恐れない。仲間の死も恐れない。過剰な心配は、礼を失することになる。作戦が決まった後は、散じて、それぞれの戦場に赴くまで。
「千里、私はあやめをいざという時には守る。あなたは、私をサポートしてね」
「はい」
静かな声で、千里は返事をした。伏し目がちに床を見る。千鶴は苦笑した。いつでも、この妹は自信なさそうにしている。
「大丈夫よ。私たちが負けたことなんて、一度もないじゃない。今度も楽勝で勝てるわよ。アマツイクサの精鋭が十二人もいる上に、あやめが加わるのよ。勝てないわけがないわ」
「……そう、だよね」
千里も小さく微笑みを浮かべた。
千鶴は、可愛い妹の頭を、クシャクシャと撫で回してやった。
※ ※ ※
―同刻 遠野屋旅館―
あやめは学円と、遠野屋旅館の食堂で酒を酌み交わしていた。机を挟んで向かい合い、徳利でお猪口に注しつ注されつしている。
「こうして、お義父さんと日本酒飲むのって、何年ぶりだろ」
「結婚する前までだから、もう七、八年は経ってるんじゃないか」
「あっという間だったね」
「ああ」
それ以上、二人は、お互いに心の中で思っていることを口には出さなかった。
覚悟を決めていた。今度の戦いは、多くの死者が出ると予想される。その中に自分たちも入るかもしれない。だとしたら、その時は、ようやく報いが来たのだと言える。
二人とも、普通の人間ではありえない、多くの罪科を背負ってきた。特に、その最たるものが、玲がマッドバーナーという殺人鬼であることを知りながら、玲に対する情があるために、彼を匿い続けてしまった――およそ人間社会の法に照らし合わせれば、容認出来ないような過ち。
「俺たちは、死んだらどこへ行くんだろうな」
「地獄もなまぬるいかもね」
「あやめちゃんは、誰と戦うんだ?」
「モリガンとかいう長女。お義父さんは?」
「俺も――そのモリガンと戦うぜ」
あやめの徳利を持つ手が止まった。驚きで目を丸くしている。
「私のため……?」
「お前のためだよ」
学円は照れ臭そうに、バリバリと髪を掻いている。
「あー、なんだ。俺はよ、娘が欲しかったんだよ。娘が。だけど、養子にもらったのは薄暗いサイコ野郎で、生まれてきたのは女みたいな軟弱なガキで、心の底からガッカリしててな。だから、あやめちゃんみたいな可愛い子を馬鹿息子が連れて来た時、俺は本当に嬉しかったんだ。娘が出来たようなもんだからな」
「……」
「ほんと、可愛くて可愛くて仕方なかったんだぜ。だから、俺はお前と一緒に戦うぞ。娘を死なせてなるもんかよ」
「ありがとう……お義父さん」
あやめの目尻から、涙がひと雫こぼれた。
※ ※ ※
こうして、12月に入る頃には、Sランクと戦うメンバーは確定していた。
モリガンとは、あやめ、千鶴、千里、遠野学円、そしてアマツイクサ。
ネヴァンとは、マッドバーナーこと遠野玲、そしてイザベラ。
マッハとは、倉瀬泰助、上杉平蔵。
このうち、何人が生き残り、何人が死ぬか。
少なくとも、女神に近い力を持つ敵との戦いは、想像を絶する激戦になるであろうことは、予測出来る。
最後の戦いが間もなく訪れようとしていた。
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