第98話 学円語る

―2009年9月10日―

 スイス SKA本部



 トリックスターによる襲撃は、皮肉にも、ユキたちにとっていい方向へと状況が転ぶこととなった。


 石川県中の警戒態勢がより一層厳しくなったことで、これまで以上に殺人鬼たちは活動がしにくくなったのである。


 今年に入ってから、各所で殺人事件が発生したり、頻繁にマッドバーナーが出没するようになったりと、ただでさえ物騒になっていたところに、今回のトリックスター騒動である。


 もはや並の殺人鬼では、簡単に事を進めることは出来なくなっていた。


 そんな状況で三ヶ月が経った。


 その間も何名かの殺人鬼が襲撃を試みては返り討ちに遭うか、警察に捕まるかで、あまり進展もなく停滞していた。


 しかし、9月に入って間もなく、リリィのもとに吉報が届いた。


「Sランクのミリヤード三姉妹が、ついに興味を示した――⁉」


 それは、アイルランドの古城にひっそりと暮らしている三人の美しき殺人鬼たちからの招待状であった。


 内容を一読したリリィは、すぐにアイルランド行きの飛行機を手配し、資料をブリーフケースに詰め込んた。


 まだ確定ではない。


 だが、もしも彼女たち、ミリヤード三姉妹が参戦するのであれば、それはそれで異なる趣が出てくる。マンハントの趣旨からは外れるが、実に面白い事態だ。


「なんて楽しみなのかしら――」


 興奮を隠し切れず、リリィは満面に笑みを浮かべていた。




―2009年6月11日―

 遠野屋旅館



 旅館の一室で、玲は義父学円と向かい合っている。


「全て話してもらうぞ」


 義父学円が実はアイオーン教団の一員であるということをシャンユエから聞いている。


 それだけではない。


 数々の謎や疑問点について、学円は何か鍵となる情報を握っているかもしれないと、玲は読んでいた。


「それにしても、錚々たるメンバーね」


 同席しているイザベラが部屋の中を見渡した。


 マンハントのターゲットである風間ユキ。

 シリアル・キラー・アライアンスの元幹部、イザベラ・フェゴール。

 アイオーン教団の遠野学円。

 チャイニーズマフィアの幹部シャンユエ。

 堂坂組組長、堂坂雅日。

 アマツイクサの一員、千鶴。


 ちゃっかり、警察代表として八田刑事までいる。


「何ひとつ活躍していない君が何故ここに居る?」


 シャンユエに冷たい目で見られて、八田は冷や汗をタラタラと垂らしながら苦笑した。


「いやあ、ははは。なりゆきで……」


 化け物の群れに紛れ込んだ一匹のチワワのように、ビクビクと怯えた様子でいる。


「気にしないの。一人でも味方は多いほうがいいわ」


 イザベラが優しくフォローした。


 会話が途切れたところで、堂坂組長が飲んでいた茶をかたわらに置き、居住まいを正した。


「さて――学円よ。もはや事態は一刻の猶予もならない。わしらだけではない、金沢市民が犠牲になっている。マンハントの激しさは増す一方じゃ。お前の知っていること全部、わしらに教えてくれんかの」


 促された学円は、しばらく腕組みしていたが、やがて重い口を開いた。


「まあ、まずは全員が疑問に思っているだろうから、先に説明するが――アイオーン教団とSKAの現状についてだ」


 湯飲みを手に持ち、クルクルと回して遊びながら、淡々と学円は説明する。


「SKAはアイオーン教団から派生した集団だ。ここ、勘違いしないでほしいんだが、アイオーン教団は消えてなくなったわけじゃない。むしろ独立したSKAを敵対視している、別個の集団として存続している」

「悪魔崇拝主義と聞いたが」


 玲の指摘に、学円は鼻で笑った。


「情報が古いな。ま、多少はそのカラーも残っているが、SKAが独立したときにそんな思想もゴッソリ持ってかれちまったよ。一度は変質した教団だが、SKAなんて化け物組織を生み出した瞬間、溜まっていた毒が一気に吐き出されたんだな。いまではごく普通に、ちょっぴし悪いくらいの、秘密結社だよ」

「とにかく、SKAを子とするなら、親となるアイオーン教団は死産したわけじゃなく、いまだ生き永らえていると。そういうことなんだな」

「それで正解だ。……さて」


 と学円は茶を一口だけすすり、座を見回す。


「なにせ、簡単な話じゃねえんだ。詳細まで話すか、それとも要点だけかいつまむか。要点だけじゃあ、大事なことを伝えそびれる可能性もある。どうしてほしい?」


 最初にシャンユエから尋ねてきた。


「一つずつ潰していこう。まず、君が一〇五式火炎放射器を回収して我々マフィアに渡したこと、その真意について教えてもらおうか」

「いい質問だ、シャンユエ。アイオーン教団の俺がどうしてリウ大人に――SKAの幹部であるリウ大人に一〇五式火炎放射器を渡してやったのか、その理由から教えてやろう」


 学円はシャンユエの方を向いて、みんなにも聞こえるように、よく通る声で語り始めた。


「結論から言うと、リウ大人は、SKAに反旗を翻そうとしている。だから、俺は奴に一〇五式火炎放射器を譲ってやった。それだけじゃないぞ。SKAに所属している殺人鬼で、うっかり現場に遺してしまった特殊な兵器の類――それら全て、俺が回収していた」

「リウが……SKAを裏切ろうとしている?」


 シャンユエは表情を強張らせている。心当たりがあるのか、まったく寝耳に水だったのか。


 少なくとも、穏やかならぬ心境であるのは傍目から見ても明らかだった。


「裏切ろうとしているのは、奴だけじゃない。三元教の風間清澄。あの男も同じだ」

「一体、何があったというのだ」

「あいつらには共通項がある。家族をSKAに惨殺されたという怨み。リウ大人は親兄弟を、風間清澄もやはり家族を殺されている。その怨みから、SKA内部へと潜り込み、復讐を図っているんだ」

「まさかリウの家族まで……だが、SKAは何も知らないのか? 奴らの情報網を考えると俄かには信じられないな」

「そうだ、ありえない。だから、こうも考えられる。SKA会長のルクスは、わざと復讐者を自分の組織に取り込み、活用しようとしている、と」

「活用?」

「SKAの目的は悪意の継承と普遍化だ。向け先が自分であろうと、強い憎しみを抱く人間が近くにいることは、かえってルクスにとって都合がいい。むしろ、そのためにルクスは、リウ大人や風間清澄の家族を皆殺しにしたのかもしれないな」

「実験……というわけか」

「実験なんてもんじゃねえ。養殖だ。悪意の養殖――」

「悪意が争いを呼び、争いは新たな悪意を生み出していく。自ら負のスパイラルを生み出した、というわけか」

「だから、リウ大人や風間清澄の叛意は承知の上だろうよ。承知の上で、あえて奴らを野放しにしている。ルクスにとっては面白いほど計画通りだろうな。だがな、こんなものは氷山の一角だ。世界各地で起きているテロ、紛争、あるいは小規模な殺人事件――それらの中には、ルクスによって引き起こされたものもある。八田刑事、お前は、愛知県警を襲撃したインヴィシブルマニトゥという殺人鬼を憶えているか?」

「え、あの、姿が見えなくなる殺人鬼ですか」


 急に話を振られて、八田はドギマギしながら答えた。


「ああ、そうだ。奴はチェロキー族というインディアンの血を引いているのだが、そのチェロキー族は白人に死の行軍を強いられ、無残な死を遂げたという。インヴィシブルマニトゥは、その怨みを受け継いだ男だった。そして、SKAに加入したのだが――そのチェロキー族の死の行軍の背景で糸を引いていたのも、実はSKAだという話も、アイオーン教団ではまことしやかに囁かれている」

「信じられないが……」


 シャンユエはかぶりを振った。


「限りなく真実なのだろう。SKAによって生み出された悪意が、殺人鬼を育て上げ、そしてまたSKAに帰属していく。忌まわしき循環だな」

「リウ大人も、風間清澄も、自分たちのやっていることがSKAに見破られていることは重々承知している。承知しているが、それでも、復讐を果たすために、あえて真っ向から勝負を挑もうとしている。俺は、そんな奴らに力を貸すよう、アイオーン教団の上層部から命じられて、SKA謹製の様々な殺人兵器を回収しては、リウ大人に提供していたってわけだ」


 そこで学円は湯飲みを取り、茶を一杯。


 この話はひと段落したようだった。


「それで一〇五式を私たちから強奪したのね」


 千鶴が面白くなさそうな顔で学円を睨んだ。


「聞いてるわよ。私たちアマツイクサが、米軍の輸送船を潰した直後、謎の集団に襲われていくつかの平気を奪われたって。まさか同時期に同じ場所を虎視眈々と狙っている奴がいるなんて、当時の先輩方は想像もしていなかったんでしょうね。ハイエナみたいな真似して、最低」

「お前らには野心があったんだろうが」

「そんなこと、私の生まれる前の話だから知らないわよ。ベトナム戦争時の米軍相手に、当時のアマツイクサが何考えて輸送船襲撃なんてしたのか知らないけど、言ってみればそれだけの話よ。たまたま船の中に新型の兵器があったから、ついでに奪い取っただけじゃない」

「だーかーら、それが野心だって言ってんだよ。奪って何する気だったんだ?」

「なに⁉ 喧嘩売る気⁉」

「ちょ、ちょっとやめて」


 ユキが間に割り込んで、一触即発の学円と千鶴をなだめた。


「私からも、質問していい? 学円さん」

「おう、ユキちゃん。なんでも聞いてくれ」

「学円さんの事情や、マフィアと三元教の反乱のことはよくわかったよ。だけど、まだ納得できないことがあるの」

「なんだ」

「どうして、お父さんは、私をマンハントに差し出したの?」


 学円は口を閉じた。玲の方に目を向け、伺いを立てるように、首を傾げる。


 その意図することがわからない玲は、


「なんだ、親父?」


 とストレートに尋ねた。


 学円は、鈍感な息子に対して溜め息をつき、仕方なく言葉で説明することにした。


「あのこと、ユキちゃんに話してもいいのか?」


 あのこと。


「俺が、風間清澄の――」


 そこまで言って、玲はためらった。はたして、ユキの前でその話をしてもいいものか、迷ってしまう。


「いいじゃないか、玲」


 シャンユエに後押しされた。


「別に、その子に知られて困るような事は何も無いだろう? この際、話すべき事は今のうちに全部話しておいたほうがいい」


 玲は逡巡する。本当に、困るようなことは何も無いのだろうか? しかし、シャンユエの言う通り、これから先何が起きるかわからないのだから、話せることは全て話すべきだと、玲も思った。


「わかった、親父。俺の口から話す」


 玲は、ユキの方に向き直り、真正面から目を見据える。


「ユキ」

「はい」


 ユキは背筋を伸ばした。


「実は――俺は、風間清澄の弟――つまり、お前の、叔父なんだそうだ」

「え……?」


 引きつった笑み。冗談を言われたと思っているのか、ユキは首をかしげた。


 その目線から避けるように顔をそらして、玲は学円に声をかけた。


「そうだよな、親父」

「おう、そうだが――正直、清澄が何を考えているのか、よくわからん」

「は⁉」


 玲は素っ頓狂な声で叫んだ。


「ちょっと待てよ、親父! いかにも何か知ってそうだったから、俺は自分がユキと血縁関係だと暴露したんだぞ! それを、今さら、『わからん』で済ませる気か!」

「落ち着け。ひとつ言えることは、お前の正体を風間清澄は知っている。そして、全て知っていて、お前にユキちゃんの護衛を依頼してきた――そういうことだろう」

「俺が、ユキと血縁関係にあることは、清澄の計画に何か深い関わりでもあると、そう親父は考えているのか?」

「いや……お前とユキちゃんだけの問題じゃない。風間の一族全体の問題として捉えたほうがいい」

「風間の一族、全体?」

「その筋では有名だが、風間清澄の一族は、代々神を祀っていた由緒ある家系だそうだ。諏訪神族を知っているか?」

「いや」

「しょうがねえな。イザベラ、お前なら知ってるだろ?」


 学円に話を振られたイザベラが、こめかみを軽く指で叩きながら、知識を引き出していく。


「――出雲神話の建御名方神(タケミナカタノヌシ)がルーツと言われている、諏訪大社の大祝(おおほうり)を務めてきた一族。神官でもあり、また武士でもあり、全国各地に社領を拡大していた、神官筋としては名門中の名門」

「風間の一族は、その建御名方神を祀っていた神官の家系だ。戦後、一〇五式火炎放射器で大暴れした風間ナオコはその末裔ってわけだ。そこそこ繁栄はしていた。戦争が終わるまでは」

「戦争が終わるまで。その後はどうなったのかしら?」

「神道の精神が日本国民を狂わせたとして、戦後、神道は“悪”と見なされただろ。長い時間をかけて、少しずつ神道は復興したわけだが、それでもいまだに神道に対する偏見は根強く残っている。当時どれだけ差別されてたかは、推して知るべし、ってやつだ」


 そこで学円は茶を飲んだ。


 一気にグイッと呷り、飲み干す。


「長くなるが、まだ続けても大丈夫か?」


 誰も答えない。


 その無言を是と判断して、学円は話を続ける。


「風間の一族は戦前はそれなりの地位を保っていた。風間ナオコは、自ら予備軍を結成したりと、なかなか羽振りが良かった。ところが戦後、彼女の立場は急に変わってしまった」


 空中に目を向け、苦々しげに学円は言葉を搾り出していく。


「息子が特攻隊で死んだせいで狂い始めた、なんてあるが、それはデマだ。結局、風間ナオコの暴走ってのは、自分たちの祀る神道をあれだけ持て囃した日本人が、口を揃えて『神道は悪だ』と罵るようになった――そんな日本人の変心に対する、怒りが爆発したもんだったのかもしれねえな」

「だからアーサー・ヘイゲンを焼き殺した?」


 イザベラが言葉を重ねた。


 学円はうなずく。


「アーサーって男も運が悪かったんだろうな。米兵ってだけで、風間ナオコの標的にされ、殺されちまった。そして、その息子リチャードにルクスは近づき、精神を乗っ取り、何年か後に風間清澄の一家を焼き殺した……」

「自分の手で、風間ナオコが起こした悪意の連鎖を、より完璧な形に完成させたかったのね」


 忌々しげにイザベラは呟く。


「その後、風間ナオコの孫である風間鏡子が従兄と結婚をし、風間の一族を存続させた。水方(ミナカタ)教という新興宗教を創り、風間の一族が祀っていた日本古来の神々を、もう一度復権させようと努力していた。その最中に、まず清澄が生まれ、さらに九年後、次男の晃一(コウイチ)が生まれた――」


 次男の名前が出た瞬間、なぜかユキがハッとした表情になった。


「わかるか? 玲。『晃一』という字は、解体すると、『晃(アキラ)』と『一』になる。ルクスは風間清澄の一家を皆殺しにした後、お前を連れ去り、新たに『晃一』から一文字取って、『アキラ』と名づけた。今のお前の名前の字は、元々の名前とは違う、ただの当て字なんだ。そして――」


 玲はうなずいた。


「SKA幹部だったリウ大人に、ルクスは俺を引き渡した……それが、俺が四歳の時のこと」

「それまでルクスがどのようにお前を育てていたのか、不明だがな」

「そして風間清澄は、SKAに復讐をしようと企んでいる……」


 そこで玲は首を傾げた。


「ん……違うな、それだけじゃない」


 それは誰もが感じている違和感だった。SKAへの復讐のみを考えているのであれば、ユキや玲まで巻き込む必要はないはずである。


 そのとき、


「『おかあさま』……」


 ユキが唐突に、謎の言葉を呟いた。


「ユキ?」


 玲の問いかけに、ユキはぼんやりとした目を向けてくる。


 やがて、その目に強い光がともった。


「玲さん……私、思い出した」

「え?」

「金沢駅で殺人鬼に襲われたとき。銃で撃たれた瞬間、私の中に甦ってきた、ちっちゃいころの記憶」

「ちっちゃいころ? いくつのときだ?」

「わからない。でも、たぶん赤ちゃんくらいだと思う。その記憶の中で、お父さん、確かにこう言ってた……」



――私は、後にも先にも、ただひとつ。目的は、“かあさま”だよ

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