第97話 Storm of Chainsaw
トリックスターの首なしの胴体がガクガクと揺れ、切断面から噴水のように血が噴き出した。
返り血で真っ赤に染まったミス百万石は、きゃああと絶叫を振り絞ったが、途中から、
「ゴボッ!?」
という血を吐く音に変わった。
背後から、チェーンソーで胴体を貫かれたのだ。
「オオオオオオオオオオオオオ!!」
クロースチェーンソーが吼える。
ミス百万石をチェーンソーごと持ち上げて、頭上高く掲げた。回転刃によってミス百万石の均整の取れた肉体はグズグズに切り裂かれてゆき、やがて腹から頭まで真っ二つに裂かれて投げ出されてしまった。
「まずい――!」
玲は呟き、ユキを片手で押しのける。
二階からジャンプしたクロースチェーンソーは、玲たちの目の前に重々しく着地する。
手負いの野獣と化した殺人鬼は、今までとは比べ物にならないほどの俊敏さで、チェーンソーを振り回してくる。耐火服程度では、一発でも喰らったら終わりだ。簡単に体の一部を切り落とされてしまう。
「くっ!?」
横薙ぎに襲いかかってきたチェーンソーをかがんでかわすと、玲は火炎放射器の引き金を引いた。
が、クロースチェーンソーは素早く横に受身を取り、火炎放射器から放たれた炎の射程外へと逃げた。
火炎の放射をやめると、クロースチェーンソーが回転刃を振り上げ、縦一文字に玲を切り裂かんと襲いかかってこようとしている。
玲はあえて敵の懐へと飛び込み、体当たりを仕掛けた。
耐火服で重量のある玲のタックルを喰らい、クロースチェーンソーは窓ガラスをぶち破って、外へと放り出された。
ちょうど空港の外では、警察が包囲網を敷いていた。
集まっていた警官たちが、飛び出してきたクロースチェーンソーを見て、口々に騒ぐ。
誰かが、
「撃て、撃て、撃て!」
と叫んだことで、ヒステリー状態が広まった。
問答無用の射撃が開始される。
何発か銃弾を喰らったクロースチェーンソーだが、逆にますます激昂した。
警官隊の中へと突進していく。
阿鼻叫喚。頭や腕、脚がバラバラに切り落とされ、空港の前に血溜まりと肉塊の山が出来ていく。
次第に、クロースチェーンソーは銃弾の軌道まで読み、警官隊の一斉攻撃を縫いながら、暴走する回転刃で無力な警官たちを血祭りに上げていく。
「やめ、て、くれえええ!!」
逃げようとしていた警官が、後ろからチェーンソーで胸を貫かれ、すぐに真っ二つにされた。
その警官の骸が地面に落ちると同時に、マッドバーナーが炎を噴射させながら、猛然と突進してきた。
「うわあああ、マッドバーナーだあ!」
「無茶だ、こんな、こんなのって――!」
絶望の声を上げる警官たち。
彼らは、マッドバーナーがクロースチェーンソーを倒すために戦っていることを知らない。
「VWOOOOOOOOOOOOOOOOO!!!」
「もう玩具は片付ける時間だ」
小出しにしていた炎を、一気に噴出させてケリをつけるべく、マッドバーナーは引き金にかける指の力を強めようとした。
「玲さん、だめ! よけて!!」
何かに気がついたユキが、警告を発する。
「FOOOOOO……」
クロースチェーンソーは、なぜか回転刃の先端をこちらに向けて、一歩も動かずに身構えている。
(あのチェーンソー……シリアル・キラー・アライアンスの特別製!?)
そのことに思い至った瞬間、マッドバーナーは背筋に悪寒を感じ、即座に横へと跳んだ。
ほんの一瞬の差だった。
さっきまでマッドバーナーがいた空間を、グリップ部分から分離して射出された回転刃が、唸りを上げて通過していく。回転刃が飛行していくのに合わせて、グリップ部分に繋がれた鎖がジャラジャラと伸びていく。
「まさか、刃が飛び出るとは――!」
マッドバーナーの驚きは、まだ甘い。
鎖で繋がれていることを利用して、鎖鎌の如く、クロースチェーンソーは怪力に任せて、回転刃を広範囲に渡って振り回し始めた。
周りを取り囲んでいた警官たちは、ことごとく餌食になった。ある者は鼻から上を吹き飛ばされ、ある者は喉笛を掻っ切られた。クロースチェーンソーが巻き起こす回転刃の暴風圏に巻き込まれた者は、例外なく体を切り飛ばされ、命を落としていく。
「VWAAAAAA!!」
クロースチェーンソーは身を翻して、鎖つき回転刃を縦に回す。
上空高くに舞い上がった回転刃が、重力とクロースチェーンソーの動きに引っ張られて、勢いよくマッドバーナー目がけて落下してくる。
間一髪で、マッドバーナーは横に転がってかわした。
回転刃が地面に叩きつけられ、深い割れ目が出来る。
「この――!!」
寝転がった体勢で、マッドバーナーは炎を放った。
攻撃したばかりで動けないクロースチェーンソーは、ついに脚を焼かれてしまった。
「GAAAUUUUUU!」
獣のような悲鳴を上げ、膝をつく。
これでもうクロースチェーンソーは動き回ることは出来ない。
「トリックスターは自ら死んだが……せめて、お前だけでも、俺の手で葬ってやろう」
マッドバーナーは、警官たちの屍を踏まないように歩いていき、クロースチェーンソーの眼前に火炎放射器の銃口を突きつけた。
遅れてユキが駆け寄ってくる。
「玲さん、ごめんなさい……私、奴の動きを止めようとしてたんだけど……」
「気にするな。力の使い方に慣れていないんだ。それに、君が加勢しても、こいつは簡単には止められなかった」
「うん……でも……」
「それより、止めを刺すぞ」
マッドバーナーは引き金を引いた。
しかし炎が出てこない。
「……ユキ?」
ユキが、火炎放射器に向かって手をかざしている。炎の時間を止めて、一時的に噴射されないようにしているようだ。
「Do you regret...?(後悔、してる……?)」
クロースチェーンソーに対して、ユキは最後の問いかけを試みた。
だが、返ってきた答えは、哀しいほどに予想通りの内容であった。
「W,h,a,t...?(な、に、が……?)」
ユキは目をつむり、かぶりを振った。
力を発していた手を、ゆっくりと下ろす。
途端に、抑えられていた炎が再び動き始め、クロースチェーンソーの全身を包み込んだ。
クロースチェーンソーは業火に焼かれながら、天を仰ぎ、最期まで苦痛の叫び声を上げ続けた。
その絶叫も、やがて途絶えた。
「何も……嬉しくない」
物言わなくなった黒焦げの死体を前にして、ユキは涙をこぼす。
「みんな傷ついて、誰も報われなくって……こんな戦い、もう、やだよ……」
マッドバーナーに抱きつき、嗚咽を上げる。
そんなユキを、マッドバーナーは――遠野玲は、優しく抱き寄せ、ただ自分の胸の中で、泣きたいように泣かせていた。
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