第95話 バレット・タイム

 金沢城は長屋造りで、その構造は平たく長い。日本各地にある高楼の天守閣を備えた城郭とは異なる造りである。積雪対策のための長屋造りだ。


 延々と続く長い廊下を進みながら、途中、倒れている警備員の首無し死体に胸を痛め、ますます敵に対する怒りを募らせていく。


 奥の方に、誰かがいるのが見えてきた。


「遠野さん――」


 そのシルエットに懐かしさを感じ、ユキが声をかけたとき、暗かった金沢城内が急に明るくなった。


 誰かが照明を入れたのだ。


 椅子が五つ。


 玲と、千鶴と、見知らぬ三人の美女たち。さらわれたミス百万石の人たちだろう。


「Weeeelcome,princess!!(ようこそ、お姫さま!!)」


 アルマーニのスーツを着たピエロメイクの殺人鬼、トリックスターが仰々しく姿を現した。右手に、銃身がやたら長い古めかしい拳銃を持っている。


「Now,soon,time to PLAING!!(さっそく、ゲームのお時間だぜ!!)」

「ユキ、後ろだ!」


 トリックスターに気を取られていたユキは、背後に現れたピエロ男たちを察知するのが、一瞬遅れてしまった。


 ピエロ男たちのサブマシンガンが火を噴く。秒間何十発と放たれた弾が、ユキの肉体を削らんと襲いかかってくる。ユキは、自分の体に熱いものが走るのを感じた。


「あ、かっ、ああああ!!」


 痛い。撃たれるというのが、こんなに痛いとは思わなかった。しかし、頭を撃たれて即死にならなかったのは不幸中の幸いだ。奇襲を見抜けなかった遅れを取り戻すことが出来る。


「負ける――かあ!!」


 腹に手をかざし、時間を逆行させるイメージを頭の中に浮かべる。


 たちまち食い込んだ銃弾が敵の銃口へと戻っていき、腹の傷が見る見るうちに塞がっていく。戻っていった銃弾は、敵の銃に詰まった。


 刹那の出来事のため、何が起きたかわからないピエロ男たちは、そのまま発砲を続けてしまった。


 連続して放った銃弾が、巻き戻されて銃口につまった銃弾にぶつかる。


 サブマシンガンが暴発した。


「ぎゃっ!?」

「げっ!」


 砕けた銃身が顔面に突き刺さり、血を流しながら、次々とピエロ男たちは崩れ落ちていく。


「あ――」


 苦しげに吐息を漏らし、ユキは膝をつく。頭痛を感じる。


 やはり時間を戻すと、体に多大な負担を与えてしまう。


 かつて小夜を蘇らせたような、あんな大技はまず出来ないと思った方がいい。そもそも自分が即死してしまえば、人を生き返らせるも何もない。


「Miracl...(すげえな……)」


 トリックスターは目を丸くしている。


 ピエロ男たちがさらに四人現れ、サブマシンガンを乱射してきた。


 ユキは、倒れているピエロ男の腰に装着されている予備の拳銃を二挺拾うと、一度後退して、廊下沿いに並んでいる展示ケースの陰に隠れた。ケースに銃弾がぶつかる音を聞きながら、敵の攻撃が止むのを待つ。


 銃声が止んだ。


 ユキは展示ケースの陰から飛び出て、再び前進を開始する。


 敵も銃撃を再開する。


 相手が引き金を引くタイミングを見計らって、ユキは能力を発動させた。


 世界がスローモーションになる。


 銃弾の流れも、敵の動きも、全てが目に見えて遅くなる。ユキだけは遅くなった世界の中で、変わらずに動いている。銃弾を目で見てかわしながら、前へと走っていく。


「W――What⁉(なにぃ⁉)」


 トリックスターには、ユキが一瞬で間合いを詰めてきたように見えたことだろう。


 悲鳴を上げる暇もない。


 銃弾をかい潜りながら、次から次へとピエロ男たちの脳天を至近距離から銃で撃ち抜いてゆき、あっという間にトリックスターの前へと距離を詰めた。


「Come on、CC!(来い、CC!)」


 冷や汗をかいたトリックスターが叫ぶと同時に、すぐ横の展示ケースが砕け散った。


 中に隠れていたチェーンソー男が、チェーンソーを振りかぶって飛びかかってきた。


 ユキはバックステップし、振り下ろされてきた回転刃を避け、すぐさま銃を構える。倉瀬刑事の腕を切り落としたほどの戦闘力だ、慎重に闘わなければならない。


「Way to go、Cloth Chainsaw! Kill the bitch!(いいぞ、クロースチェーンソー! そのクソ女をぶっ殺せ!)」


 クロースチェーンソーは、己の武器を高々と掲げて、獣のような雄叫びを上げた。縛られているミス百万石の三人娘が悲鳴を上げた。


 その時、天井を突き破って、何者かが落ちてきた。


 行方不明になっていた遠野学円だ。


 僧衣を着て、錫杖を持っている。


「成仏しな、この化け物が!!」


 錫杖でクロースチェーンソーの頭頂部を強打する。


「Gowoo!」


 と敵は呻き、よろめいた。


 続いて、シャンユエも天井から飛び下りてきた。マッドバーナーの耐火服と火炎放射器を抱えている。


「君は、いつも私の助けが無いと駄目だな。情けない」


 シャンユエはブツブツと文句を言いながらも、玲の縄をナイフで切り裂き、解放したところで耐火服と火炎放射器を押しつけてきた。


「シャンユエ――助かった」

「それにしても、もっと早く帰って来るべきだったかな。済まんな」

「いや――」


 なおも玲が感謝の言葉を重ねようとした時。


 トリックスターは、ミス百万石の一人を椅子から引き剥がし、そのこめかみに銃口を押し当てながら、撤退を始めた。


「The Game Failured...I felt so blah、bogus、bootsy(ゲーム失敗か……胸くそ悪い、最悪だ、イケてねえ)」

「left her(その子を離せ)」


 玲の制止に、トリックスターはフンと鼻を鳴らした。


「HA-HA...peace out!(ハ、ハ……あばよ!)」


 ポケットから起爆装置を取り出し、ボタンを押す。


 轟音とともに、すぐ近くの壁が爆発で吹き飛び、あたりは煙と埃で充満した。


 その間に、トリックスターは壁に開いた穴から外へと逃げ出した。痛む頭を押さえていたクロースチェーンソーも、混乱に乗じて、一緒に脱出した。


(逃がしちゃ駄目だ)


 ユキは、トリックスターとクロースチェーンソーをここで仕留める必要があると感じていた。奴らをここで逃がしたら、今度こそ確実に全員を殺せる策を編み出して、再び襲いかかってくることだろう。


 その時に勝てる自信はない。


「遠野さ――玲さん……」


 どさくさに紛れて、玲のことを下の名前で呼んだ。少し照れたが、一度言ったら、抵抗は無くなった。


「玲さん、行こ」

「……ユキ?」


 耐火服に急いで着替えようとしていた玲は、首を傾げた。


「私――もう誰も犠牲にしたくない――私も、闘う!」

「犠牲……誰か死んだのか」

「ヤクザの人たち。でも、あやめさんと倉瀬さんはなんとか生きてる。大怪我負ってるけど……」

「そうか、あの二人は生きてるのか。だけど、ユキ、何もお前が――」


 ユキの決意を止めようと、玲は否定的意見を言おうとしたが、シャンユエに肩をポンと叩かれて、喉元まで出かかった言葉を抑えた。


「わかった。でも、今回みたいな無茶はしてくれるな。いいな」

「はい!」


 力のこもったユキの返答に、玲は、彼女がもはや座して死に怯えるだけの少女でなくなっていることを、強く感じていた。


 彼女もまた、一人の戦士となってきているのだ。

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