第3章 カオスインフェルノ
第85話 明らかになる真実
21世紀美術館での死闘を終えてから、月日が経った。
殺人鬼たちは次々とユキを狙って襲ってきていたが、基本的にランクはB以下の敵が多く、なんなく返り討ちにすることができた。
また、ユキ自身が危険を回避する予知能力を持っていることも功を奏していた。
こうして戦いに明け暮れている玲のところに、行方をくらましていたシャンユエから連絡があったのは、6月に入ってからのことだった。
―2009年6月3日―
香林坊
金沢百万石まつりの開催を数日後に控えた、初夏の候。
ユキを連れて、香林坊のファーストフード店で軽食を取っていた玲は、自分の携帯電話が震えていることに気が付いた。
周りに注意を払いながら、電話に出ると、シャンユエの声が聞こえてきた。
『やあ。金沢は暑いか?』
「聞くな、余計に暑くなる」
『本当に北陸か? 情緒も感傷もない。年中雪の国のようなイメージがあったが』
「くだらないこと言ってる暇があるなら、新型のクーラーでも発明しろ。お前の頭なら簡単に作れるだろ」
『興味ないな、そんな毒にも薬にもならない物』
「薬にはなる」
『ところで耐火服と火炎放射器の具合はどうだ? メンテナンスの必要はあるか?』
「さすがに連戦連戦でガタが来ている。メンテを頼みたい」
『なら技術屋を紹介してやろう。もちろん、リウ大人とは無関係だから安心しろ』
「……ところで用件はなんだ? 盗聴されていたら命取りだ、手短に言え」
『用件はない。ただ君の声が聞きたかっただけだ』
「なんだ、それは」
『ははは。また連絡する』
それだけ言って、シャンユエは電話を切った。
すぐにメールが入り、火炎放射器のメンテナンスを行える技術者の連絡先を教えてもらった。
「あのマフィアの人……?」
小首を傾げて、ユキは玲の顔を覗き込んでくる。
「昔から変わったやつなんだ。今回だって、どうして協力してくれているのか。あいつにとってメリットがあるとは思えない。理解に苦しむ」
「遠野さんのこと」
ちゅう、とユキはアイスコーヒーをストローで吸った。
「好きなんじゃないかな」
―同刻―
スイス SKA本部
シャンユエは通話を終えた後、目の前のリリィに微笑みかけた。
「で、どうだというの?」
不機嫌そうな声でリリィは尋ねる。
ずっと机を指で叩き続けており、明らかに苛立っている。
「無事なようだ。好かった」
「すると、さっき襲撃を仕掛けたはずのチャーリーパニッシャーは」
「死んだのかもな」
「全然よくないわ」
リリィは、(わかっていない)と言わんばかりに、首を左右に振る。
「風間ユキの居場所はわかっているのに、誰も攻略出来ずにいる。いくらなんでも長引きすぎよ」
「ほんの繋ぎ程度の娯楽にしては、余り望ましくない展開だな」
「そうよ。マンハントを通じて殺人鬼たちに刺激を与え、その刺激を与えられるのは我々だけだと思い知らせる。麻薬のようなもの。殺人という薬は彼らにとって中毒性が強い。そのためにこのゲームを実施している。だけど、それを満たすどころか、自分たちの命が危うくなるようでは――」
「不平不満の嵐が吹き荒れるだろな」
「ええ……」
そこで会話が途切れた。
「やっ」
タイミングよくルクスが部屋の中に入ってきた。
中世的な美貌を持つ少年は、シャンユエに爽やかな笑みを向け、丁寧に握手の手を差し出してきた。シャンユエはその手を握り返す。
「初めまして、シャンユエ小姐(シャオジエ)。お会い出来て光栄だ」
「こちらこそ面会が叶うとは思っていなかった」
「特に敵でもないんだから、小姐を邪険に扱う気はさらさらないさ」
「この瞬間、私がお前を殺そうとして拳銃を抜くとする――」
シャンユエの目が光る。
「――それでも、喜んで招き入れられるとでも?」
穏やかならぬシャンユエの発言に、リリィは慌てて一歩踏み出した。
が、ルクスは片手を上げて制する。
「まあまあ。冗談だよね? とりあえずは座って……用件を聞こうか」
二人とも椅子に腰かける。
スイスの山並みが見える窓の外を一瞥してから、シャンユエは挑発的な視線でルクスを見つめた。
「何処まで記憶はある?」
「僕の中に、何世紀分の知識が詰まっているか――ていうこと?」
「ああ」
「記憶は大したことないんだ。三世代か、四世代か。“最初の”自分がイスラエルに生まれたことだけは憶えている。もちろん記憶があるのはそれを受け継いだ瞬間まで。オリジナルの自分がどのような最期を迎えたのか、それはわからない。でも、知識について言えば、それは膨大な量だ。グノーシス派が誕生したあたりから、様々な知を受け継いでる」
「その知識を活かせば、世界中の学者が頭をひねって解けない難問も、瞬時に解決するだろうな」
「興味ないね」
ルクスは屈託なく笑った。
「小姐は、この世界がいつまで続くと思ってる?」
「途方もないことは考えない主義だ」
「太陽は有限だ。太陽系が滅亡すれば、地球も存在しえない。もちろん人間も。仮に魂の転生があるとしても、生まれ変わることすら許されない時が来る。知識を蓄えようと、高みに上ろうと、この世界は『死』という概念で支配されているんだ」
「だから何をしても無駄、と」
「生命とは無駄の塊だよ。そう思わない?」
「思わないな」
シャンユエは肩をすくめた。
「古代中国の思想家は、紀元前の遥か昔から、すでにその程度の命題には明確な答えを出している。死者は生者を知らず、生者は死者を知らず。人間が存命中に知覚出来る事などたかが知れている。お前のような太古より知識を継承し続けている異常な人間でも同じ事だ。その僅かな経験から何を導き出す? 絶望か? 悪意か? 他に素晴らしい物が数多く存在する事も知らないで」
「この世界が正しいとでも?」
「正しい、間違っている、という二元論がそもそもおかしい」
「意見の食い違いがあるね。ま、ここで議論するつもりはないから、そろそろ本題に入ってもらえるとありがたいんだけどね」
「なに、簡単な話だ。お前の記憶をちょっと掘り起こしてもらいたいのだが」
シャンユエは身を乗り出した。
「風間清澄の家族を殺したのは、お前だろう? ルクス」
「……」
「憶えはないか?」
「さーて、どう答えよっかな」
ルクスは口元を歪めた。
―夕刻―
金沢 玲の家
「――風間清澄の家族を皆殺しにしたのは、シリアル・キラー・アライアンスの会長だと⁉」
玲の大声に、台所で夕飯を作っていたあやめとユキが何事かと振り向いた。
シャンユエの電話に出た直後、
『SKAのトップに会ってきた』
と、とんでもないことを言われてパニックになったが、その後シャンユエが教えてくれた情報で、さらに度肝を抜かされた。
『ああ。直接聞いたから間違いはない』
「よく教えてくれたな」
『奴らは、別に私たちを憎んでいるわけじゃないようだ。ゲームの道具としてしか考えていないのだろう。だから、こちらから幾つか情報を開示してやったら、むしろ喜んで色々な情報を提供してくれた』
「そのひとつが、風間清澄の家族殺しの犯人が、会長のルクスだということか。だが、待てよ――風間清澄の一家を皆殺しにしたのは、リチャード・ヘイゲンという男だったな? ルクスの正体は、そのリチャード・ヘイゲンということか」
『それは厳密には違うな』
「どこらへんが?」
『忘れたのか。SKAの前身、アイオーン教団のことを。そこでは知識を継承するために――』
「後継者を選び、薬物を併用しながら、知識の刷り込みを行った……」
『リチャード・ヘイゲンは、ルクスとしての知識と記憶を植えつけられただけだ。元々残っていた自我を消して、ルクスに肉体を売り渡してしまったんだ』
「風間ナオコに父親を殺されたんだったな。その復讐の念を抱いていたところを、ルクスにつけ込まれ、精神を乗っ取られた……」
『そういうことらしい。で、ルクスは遊び半分に、リチャードとの約束を果たすため、風間一族を皆殺しに行った』
「ならば、どうして風間清澄は生かしたんだ? それに、連れ去ったという弟がいただろ。その弟はどうなった?」
『悪意だ。ルクスは悪意の種子を蒔きたかったんだ。わざと清澄を生かして、復讐を果たさせようとする。その結果生じるであろう混沌を、奴は望んでいたんだ』
「で、弟は?」
『……』
「どうした、なんで黙る」
『実は、そのことなんだが』
「うん?」
『リチャード――いや、ルクスに誘拐された弟というのは、実は』
「ああ」
『君の事なんだ』
「……あ?」
『もう一度言うぞ』
シャンユエは電話の向こうで息を吸った。
『君は、風間清澄の弟だ――つまり、風間ユキの叔父ということになる』
台所から聞こえてくる天ぷらを揚げる音に、しばし玲は耳を傾けていた。
頭の回転が追いつかなかった。
「ま、待ってくれ。すると、ユキは、俺の、姪……なのかっ!?」
あやめやユキには聞こえないよう、声を小さくして、玲はシャンユエに問いかける。
『そういうことだ。良かったな、可愛い姪と一つ屋根の下で暮らせて』
「どうなってるんだ! 俺は偶然ユキと出会い、流れの中で、彼女を守ることになった。だけど、その俺は、ユキと血縁関係にあった」
『その通りだ』
「これは偶然なのか? それとも、誰かが計画した――」
『君とユキの出会いは、ユキの未来を読める能力があったからこそ、だろう? ユキは意図してあの地に行った。それだけの話だ。君と接触することは、彼女の関係者、要は風間清澄とかSKAとかだが、彼らにとっては本来想定外のものであったはずだ』
「なるほど……そう言われてみれば、納得がいく」
『君の関わりはある意味では偶然と言ってもいいかもしれない。しかし、風間清澄が実の娘をSKAに差し出したのは、何か彼なりの目論見があるような気がする』
「実の娘を親の仇に差し出ているんだぞ。まともな神経をした奴なら、そんなことはしないだろ」
『だが、今回のマンハントではかなりの数のSKA会員が死んだ。その現状からして奴の計画通りに進んでいるような気がしてならない』
「あえて混乱を引き起こして、SKAに打撃を与えている、と?」
『かもしれない』
「けど、ユキを危険にさらす必然性はない」
清澄はかつて、「ユキを守れ」と言った。
守ってほしい娘を、なぜ凶悪な集団の生贄として差し出したのか。
『気になるなら自分で調べるんだな。ちなみに、私はしばらくヨーロッパで他のことを詳しく調べてくるつもりだ』
「おい、金沢には戻ってこないのか」
『私は頭以外非力な女なんだぞ。君の役立たずになる訳にはいかない。安心しろ、SKAのことを徹底的に調べて、これからの闘いに役立つ情報を集めてこようじゃないか。だから、風間清澄の件は、君が調べろ』
「ああ」
どこが非力な女なのか。
そのことを突っ込みたくなるのを抑えて、とりあえず玲は相槌を打った。
『それと、最後にひとつ』
「なんだ」
『行方不明の遠野学円――君の父親は――アイオーン教団の一員だ』
「親父が、なんだって?」
『アイオーン教団』
「つまり、SKAの前身となる組織であり――」
『そこから出奔したSKAとは全面的に敵対している上位組織だ。が、正義の味方と思うなよ。我々と共通の敵を持つとはいえ、決して相性のいい集団とは言えない。気を抜かないことだ』
「わかっている」
『では、また別途連絡する』
電話が切れた後、玲は放心状態となっていた。
自分は風間清澄の弟で、ユキの叔父。
父学円は、SKAの敵であり前身でもある、アイオーン教団の構成員。
「なんだってんだ、おい……」
頭が痛くなる。
床に座り込んで、玲は髪の毛をくしゃくしゃに掻きむしった。そうしても、問題が解決するわけでもないのに、せずにはいられない。
その晩はユキとまともに顔を合わせられなかった。
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