第81話 UnderFire
小夜が引き金を引くのと同時に、遠野玲はフロアの柱の裏に回り、身を隠した。
もう少しで銃弾を当てられたが、惜しくも間に合わなかった。
小夜は舌打ちし、P2000拳銃を構えたまま、柱を中心に回りこむ形で、横移動していく。
「出てきなさい、マッドバーナー。いえ、遠野玲」
呼びかける。
素直に出てくるとは思わないが、威嚇にはなる。一度、移動するのを止めて、相手の出方を窺った。反応はない。――出たら撃たれるからな、それは聞けない心の声が、小夜に話しかけてくる。
「やっぱり、憶えていたのね」
手強い相手だ、と小夜は感じた。
クリムゾンベレー部隊と戦った後、小夜が遠野玲を殺そうとした時、ユキは小夜の能力を玲に暴露していた。ほんのひと言忠告しただけだから、憶えていない可能性も考慮していたが、しっかり玲は記憶していたようだ。
とすると、最悪の場合、自分のこの能力を逆に利用して、罠を仕掛けてくることも考えられる。
(私自身、この力の弱点はわかっていない――わかっていない分、先に相手が弱点に気が付いた場合、私には対処出来ないかもしれない)
油断は出来ない。
追い詰めているとはいえ、油断しないよう、小夜は慎重な足取りで移動を再開した。
「いつまで、そこに隠れているつもり?」
――お前の銃弾が無くなるまでだ
「無駄撃ちするとでも? あいにく、あなたがそこから出てこない限り、私は一発も撃つ気はないわ」
――だったら、ずっと隠れていようか
「出来るのなら。でも、私はもうすぐ、あなたの姿を捉える。隠れ続けることなんて不可能よ」
――困ったな。見逃してくれないか
「それは無理な相談ね」
――なら仕方な く か
「え?」
玲の心の声に、ノイズが走る。相手が、同時に別のことを考えている時、小夜の脳内に流れてくる声はノイズ混じりになる。いま、玲が何か他のことに頭を働かせていたのは、明白である。
と、何かが柱の陰から飛び出し、小夜の足元に転がってきた。
手榴弾だ。
「くっ⁉」
小夜は急いで拾い上げ、フロアの端の方へ向かって投げ捨てた。だが、手榴弾は爆発しない。
ピンが抜かれていたはずなのに、作動しない。
(まさか、火薬が抜かれて――)
手榴弾に気を取られている隙に、柱から飛び出た玲が、小夜に組みついてきた。
「な、に⁉」
玲の顔を見て、小夜は驚く。
相手は、ひょっとこの面を被っている。地元だから、顔を隠しているのだろう。それにしても、マッドバーナーがひょっとこ(火男)の面とは、洒落になっていない。
「ふざける、なぁ!」
怒りの雄叫びを上げ、小夜は玲の手を振り払おうとする。拳銃を持つ手を押さえられていては、攻撃が出来ない。憎き敵を前にして、手も足も出ないことに、小夜は苛立ちを覚えた。
「離、せ……離せえ!」
二神より腕力のない遠野玲に、負けてたまるか。
小夜は力任せに、拳銃を持つ手を捻じ曲げて、銃口を徐々に玲の頭へと向けていく。先ほどは、過失で二神の命を奪ってしまったやり方。今度は、わざと、玲を撃ち殺すために、掴まれている手を動かしていく。
あと数センチで、相手の頭を吹き飛ばせる。その角度まで、銃口を動かしていったとき。
玲の声が、脳内に聞こえてきた。
(ユキ――どうして、ここに⁉)
体が接触しているため、鮮明に流れ込んでくる玲の意識が、小夜の心に大きな衝撃をもたらした。
「ユキが、来た……⁉」
思わず、後ろを振り返る。
その後頭部に、頭突きを喰らった。
「ぐ」
呻き、よろめく。
隙が出来たところで、玲に右手を蹴られ、拳銃を弾かれてしまう。唯一の銃器が、失われてしまった。
ユキの姿は、どこにもない。
(騙された)
悔しさで歯噛みする。
玲は、自然な感じで、心の中の声を“演技”していた。普通は真似出来る芸当ではない。小夜の能力を知っていても、この揉み合っている状況で、偽りの情報を真実に見せかけて考えることなど、出来ない。だから、小夜は騙されてしまった。
おそらく、玲はここへ来る前から、窮地を脱する奥の手として、(ユキが来た)とそれらしく考える方法を、思いついていたのだろう。見事に、自分はそんな下らないブラフに引っかかってしまった。
「あああ!」
小夜は腰を落とし、玲の顎目掛けて、三角蹴りを放つ。武器が無くても、体術がある。体術では負けない。
玲は一歩身を退いて、蹴りを避ける。だが、重心の移動がスムーズではない。後方に体重が寄ってしまっている。チャンスだ、と小夜は思った。すかさず畳み掛けるように、三角蹴りの足を床に下ろすと、今度はその足を軸足に変えて、後ろ回し蹴りを放つ。華麗な二連蹴りに、玲は今度こそかわすことが出来ず、側頭部に回し蹴りの踵を喰らってしまった。ひょっとこの面が、部分的に欠ける。
(浅かった!)
あのふざけたひょっとこの面が、ヘッドガード代わりになっている。玲はぐらついたものの、そのまま踏ん張って、ダウンだけは逃れた。
小夜は、次に正拳突きをひょっとこの面に向かって放つ。玲は片手を上げ、正面から小夜の拳を受け止める。が、勢いのあるパンチを完全には止められず、玲は自分の手の平ごと、顔面に正拳突きを喰らった。ひょっとこの面にヒビが入った。
「まだまだぁ!」
気合を入れて、小夜はアッパーを放とうとする。
しかし、玲がカウンター気味に拳を振ってきて、小夜のこめかみを殴り抜けた。首が折れんばかりの力で、頭を痛打され、小夜は膝を折ってしまう。
(しまっ――)
失神してもおかしくない威力だ。
甘く見ていた。重い火炎放射器を使いこなすような殺人鬼だ、単純なパワーでは、並の男より上のはず。二神ほど鍛え抜かれていないにせよ、小夜が拳を振るうのとはわけが違う。
だけど負けられない。
相手を殺すまでは、負けるわけにはいかない。
「あああああ!」
小夜は膝をついた状態から、腰を回し、足払いを仕掛ける。鞭のようにしなる蹴撃が、玲のふくらはぎにぶち当たった。
「――!」
声にならない呻き声を、玲は出した。効いている。
「死ね!」
小夜は腰のベルトに留めてあるホルダーから、ナイフを抜き出すと、玲の股間に刃を突き刺そうとした。もう少しで、切っ先が急所に突き刺さろうとしたとき、玲は足を上げた。
小夜の顎が、爪先で蹴り上げられる。
上下の歯がガチンとぶつかり、歯茎に激痛が走る。頭の内奥がジンジンと痺れ、思考が停止してしまう。
「ぐ、うう!」
口を手で押さえ、小夜は後退した。
ナイフを相手に向けたまま、じりじりと距離を取っていく。頭部にばかりダメージを受け、状況は小夜が不利である。回復するまで、なるべく白兵戦は避けたかった。
「心を読める、と言っても、限界はあるようだな」
玲も、すぐには攻め込もうとせず、小夜のナイフに注意を払いながら、一定の距離を保っている。
「戦闘中における瞬時の判断などは、さすがに読めないようだ。いや、読めたとしても、体の反応が間に合わないんだろう。お前の能力は、密偵や暗殺には向いているかもしれない。だが、戦闘向きではない」
「黙……れ」
「俺も、修羅場は経験している。格闘技術はないし、一流の戦士と比べれば、腕力も貧弱だ。だけど、女のお前に負けるほどではない」
「黙らないと……殺すわ」
「無理に戦うな。ユキを一年間守りきったら、法の裁きを受けよう。それで手を打たないか。俺は、上杉小夜“さん”、あなたのためを思って言っている」
「……」
「頼むから、これ以上、殺し合いはさせないでくれ。本当に、島谷エリカ“さん”を殺したことは、許されるべきことではないと思っている。相応の報いは受ける。だから――あと一年。あと一年は、待ってくれないか」
「……自分勝手な、男ね」
小夜は、怒りの目を、玲に向けてきた。
※ ※ ※
―遠野屋旅館―
旅館の一室で、倉瀬はあぐらを掻いて座っている。本当は、自分も上杉刑事の所へ行きたいのだが、あえて我慢している。
(行くべきではない)
二神は耐え切れずに飛び出していった。止める間もなかった。
それでも、倉瀬は必死で自分を律して、言ってはならないと言い聞かせていた。その結果、後悔するようなことになろうとも、それが先々のためになると倉瀬は信じていた。
(私まで飛び込んで、もしも予想だにしない事態となったとき、皆殺しにされてしまったら……誰が、風間ユキを守る)
無思慮な戦いをしてはならない。
一人でも多く、先の戦いまで生き延びる。そうでなくては、一年間も、風間ユキを守り切ることなど出来ない。
「倉瀬さん、私らはどうすりゃいいんですか」
八田刑事が泣きそうな声で尋ねてきた。
「待機だ」
「でも、このままじゃ、上杉刑事も、下手したら二神刑事も、マッドバーナーに殺されてしまいますよ」
「それはありえん」
遠野玲は、無闇に人を殺すような男ではない。三ヶ月間、共に行動をして、倉瀬はそう思っている。だからといって、奴のしてきた残虐行為を許す気はないが、それとこれとは話が別だ。
どちらかと言えば、上杉刑事や二神刑事が、マッドバーナーを殺すことの方が、十分にありえる。
「誰も死んでほしくないが……」
倉瀬は目を閉じて、頭を振った。
悪い想像をした。
全員、相討ちになって死んでしまうことを、考えてしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます