第54話 MurdererTrain
「あの子は……見ていると、苦しい」
「どうしてだ?」
「エリカと、少し、似ています」
「何を、言っている」
まさか。
「お前さん、あの子に――」
「私の聞いた情報が正しければ、彼女はマッドバーナーを守ろうとするはずです。そうなると、私は奴を殺すことがやりづらくなる」
「そこがわからん。なぜ風間ユキはマッドバーナーを守る? 何がある?」
「マッドバーナーは彼女の守護者となりました」
「守護者?」
「襲い来る殺人鬼集団から彼女を守るため、マッドバーナーは守護者としての道を選んだのです」
「なんだ、それは」
倉瀬には理解出来ない。理解の範疇を超えている。それまで命を狙っていたターゲットを、なぜ翻って守ろうとしているのか。
「私にもわかりませんよ」
小夜はうつむく。
「ただ、シリアル・キラー・アライアンスから入った情報では――マンハントは、ご存知で?」
「聞いた。人殺しのゲームだろう」
「ええ。そのマンハントで、新しいルールが設けられたみたいです」
「新しいも古いも、詳しく知らないからわからんが。で、何がどう新しいのだ」
「狩りをする者と、守る者の別……です。すなわち、狩りをする側は、一年以内に対象を殺すことが出来れば勝ち。守る側は、一年以内に対象を守りきれれば勝ち」
「どう考えても攻める側が有利なルールだな」
「昔から、攻め手は有利ですから。たった一人の人間を狙って、何百人もの殺人鬼が一斉に襲いかかってくるのです。むしろ、ターゲットとなる人間は、生存確率が上がるので、ありがたいでしょうね」
「そりゃあ、一人でいるより、複数人に守られた方がいいからな。……興味はないが、一応聞いておこう。なぜルールが変わったのだ」
「マンハントに、新しい刺激を――と考えたところで、提案があったそうです」
「提案?」
「マッドバーナー本人から」
「奴が、自分から、風間ユキを守るためのルールを提案してきたというのか!?」
「理解できませんか」
「解せん。私が想像していたマッドバーナーとは、もっと狂っていて……」
狂気の殺人鬼。人間性のかけらもない犯罪者。無慈悲に人々を焼き殺す惨殺魔。
そのマッドバーナーが、一人の少女を守ろうとしている?
「私にもわかりません」
小夜は淡々と言って、倉瀬に会釈をすると、もう別の車両に移動しようとした。
慌てて倉瀬は彼女を呼び止める。
「待て。今からでも撤回は出来ないのか」
「無理です」
振り返らずに小夜は答える。
「一度シリアル・キラー・アライアンスに入れば、抜けられるチャンスは一度だけ。自分が死ぬ時のみ――です」
それだけ言い残し、小夜は足早に立ち去っていった。
今度は呼び止める暇もなかった。
隣の車両へと移った小夜を、倉瀬は追いかけた。だが、車両を移った直後、入り口近くのベッドから白人男性が飛び出して、倉瀬の前を塞いだ。
「オウ、オジイサーン。ココカラサキハ、カシキリネ。ワレワレノ」
「なに?」
頬のこけた長髪の白人男性は、憎たらしげな垂れ目を倉瀬に向けて、ガンを飛ばしてきた。倉瀬も負けじと睨み返したが、どういうわけか体が竦んで動けない。
自分が威圧されている。
「カノジョカラキキマシタカァ? シリアル・キラー・アライアンス。SKAネ。ココハ、ワレワレノセンヨウレッシャデース」
「いま、なんと」
「ダカラ、ワタシタチ、ヒトゴロシシュウダン。SKA。アナタガタケイサツノテキネ。アンダスターンド?」
シリアル・キラー・アライアンス。
もはや実在性を疑う余地もないが、まさか、同じ列車に乗っているとは想像もしていなかった。
倉瀬は、突然現れた殺人鬼集団の一員を前にしてかなり戸惑ったが、かろうじて狼狽した様子を悟られないようにし、白人男性を睨みつけた。
「貴様……私をからかっているのか」
「ヒトゴロシヲマエニシテ、テモアシモダセナイノ、クヤシイデスカー? デモネ、オジイサン。ジョーキョーカンガエマショー。アナタ、SKAニイノチネラワレテマス。インヴィシブル・マニトゥ、タオシタ。SKA、オコッテマース」
「それがどうした」
「アナタノクビハ、ケンショウネ。イマコノバデコロシテモイインデスヨ」
「なにを……!」
言い返してやりたかったが、倉瀬は次の言葉が出せずにいた。かつて自分が少林寺拳法を習いたての頃、周りの強い拳士たちに圧倒されていた、あの時の感覚だ。
(負ける……⁉)
脂汗が滲み出てくる。
僅かも勝ち目が見えてこない。
(む!)
背中に、硬い物を押し当てられた。
何者かが背後に立っている。何らかの武器を突きつけられているのは明白だった。
挟み撃ちの状態になり、倉瀬は自分が追い込まれていることを悟った。
「おやおや、誰かと思えば、かの高名な倉瀬刑事ではございませんか。私はアメリカのある大学の哲学科で教鞭を振るっていた、フォーチュンと申すものです。以後、お見知りおきを」
慇懃無礼な言葉遣いで背後から語りかけてくる。
声音から、初老の男性だと判断出来た。
「トリアエズ、オトナシクサガレバ、ミノガシテアゲマース」
「そうそう。倉瀬刑事、ここは退くべきですな。もしも私たちと戦いたいのであれば、正式にシリアル・キラー・アライアンスに申し立てて、風間ユキの護衛に回ることですな。そうすれば何も問題はありません」
「イノチアッテノモノダネデース」
(この殺人鬼どもが!)
倉瀬は、初めて目の当たりにしたシリアル・キラー・アライアンスのふてぶてしさに怒りを覚えたが、唇を噛んで悔しさを抑え込んだ。
「……お前ら、金沢に着いたら、覚悟しろよ」
「ハッハァ」
白人は笑った。その笑い方に腹が立った。
ふと、冨原の話や、夜中に倉瀬家を訪ねてきた外国人男性の話を思い出し、もしやこの男が藤署長を殺した犯人では――と倉瀬は考えたが、この囲まれている状況では、何も出来ない。
次の瞬間、後頭部に衝撃が走った。
後ろから、何か硬い物で頭を殴られたのだ。
(くそ……!)
倉瀬は咄嗟に反撃を試みようとしたが、今度は白人男性の方が喉もとに腕を回してきて、一気に締め上げてきた。
脳への血流が止まり、意識が遠のく。
あっという間に倉瀬は落とされてしまった。
翌日の早朝。
富山駅到着のアナウンスが流れて、目を覚ました時には、すでに隣の車両はもぬけの殻となっていた。
シリアル·キラー·アライアンスは、全員下車してしまったようだった。
(なめられている)
金沢駅が近付く中、荷物をまとめながら、倉瀬の胸に熱い闘志の炎が揺らめいていた。
マッドバーナー。
そして、風間ユキの一件が発端となって知ることとなった、謎の殺人鬼集団シリアル・キラー・アライアンス。
(定年を迎えて、まさかここまで忙しくなるとはな。やれやれ面倒なことになった)
苦笑しながら、倉瀬はチューニングを済ませた拳銃をバッグにしまい、肩に背負った。
老刑事は、妻との幸せな老後を夢見ている。
だが、ここで魂を燃やし尽くすことになろうとも、決して後悔はしない。
それだけの覚悟をもって戦いに臨もうと、心に決めていた。
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