第52話 正義の戦い

 成人の日が月曜日にある関係で、土曜日の寝台特急「北陸」号は満員だった。


 上野発金沢行の夜行列車は、観光客や帰省客でごった返している。本来なら、前日にチケットなど取れるはずもなかったのだが、そこは赤城の協力もあって何とかなった。


「まったく、人を待たせるとは……」


 発車十分前になっても、八田と二神は来ない。二人とも遅刻している。三十分前には上野駅のホームで集合する予定だというのに。


 倉瀬は腕時計を何度も見ながら、イライラと足踏みを繰り返していた。


 寝台特急「北陸」号は、いわゆる“ブルートレイン”と呼ばれる列車で、昔ながらの四角い車体と、青いカラーが特徴的である。鉄道好きにはたまらないのか、ひっきりなしに多くの乗客が写真を撮っている。


「そんなに珍しいもんでもないだろうに……」


 ホームを吹き抜ける寒風に上腕をさすりながら、倉瀬が白い息を吐いてボソリと呟くと、


「いえ、珍しいですよ」


 と声をかけながら二神が現れた。


「新幹線が出来てから一度運行廃止しましたからね。熱烈な支援家の援助もあって復活したのですが、またいつ廃止されるかわからない。いまのうちに写真を撮っておきたいんでしょう」


 寡黙な彼にしては珍しく、長ゼリフを喋っている。


「おお、やっと来たか。遅いぞ」

「申し訳ありません」


 特に言い訳はしない。ここまですっきりと謝られると、清々しい。


「この度は、そちらの署長殿の件は、まことに御愁傷様です」


 続いて、頭を下げてくる。


「……思い出すと胸が痛む。いまだ現実のこととして認めたくない」

「失礼しました。聞いてはいけないことを」

「気にしないでいい」


 倉瀬は寂しそうに微笑んだ。


 適当に二言三言会話をしているうちに、待ち合わせの最後の一人がやってきた。


「ああ、その、あの、遅くなって失礼しました! いや、それが、東京に来るのは久しぶりでして、道に迷って」

「言い訳するな、八田刑事。見苦しい」

「う。し、失礼しました」


 ちょび髭をビクンと震わせ、八田刑事は身を強張らせた。


 これで全員揃った。


 B寝台車両へと入り、自分たちのベッドへと向かう。倉瀬は二段ベッドの上へ、その下に二神が入り、向かい合わせの二段ベッドの下段に八田が座った。


 すぐに発車ベルが鳴り、しばらくしてから列車が動き始めた。


 あとは寝ていれば朝には金沢駅に到着する。


「こんな状況で、初の金沢行きなど、したくはなかったのだがな……」


 倉瀬が愚痴をこぼすと、斜め下の八田が頓狂な声を上げた。


「ほ? 倉瀬刑事は、金沢は初めてですか?」

「いつか妻と行こうと約束していてな。雪の降る頃を見計らって、私の定年後はのんびり観光にでも行こうと話していたのだが……事件のために向かうとは」

「そうですか。しかし金沢はいい所ですよ。私も家族でたまに出かけるのですが」

「名古屋からでは、不便ではないか?」

「いえいえ、意外と近いんです。三、四時間もあれば着きますよ。今は新幹線が通っているんでもっと早いですね。そうですなぁ――」

「話の途中ですまん。ひとつ教えてくれ」

「ええ、なんでしょう」

「これだけは先に聞いておかんとな」


 上段ベッドから頭を出して、斜め下の八田と直に向かい合った。


「我々は、何の罪に問われる?」

「そりゃあ、逃亡幇助、公務執行妨害……あ、警察が警察の邪魔をするのも、公務執行妨害なんですかね? 我々の場合、これもまた公務のようなもので……とにかく、まずいことはまずいでしょうね」

「事件が終わったとしても――平穏な結末は期待できんか」

「そりゃあ、まあ、ね。警官を斬り殺しかけたヤクザを、逃がしてしまったんですからねえ……」

「たしかにな」


 倉瀬は苦笑いを浮かべる。


「ところで、二神刑事。傷は問題ないのか?」

「私ですか? 応急処置を終えて糸も取っていない状態です。正直、痛みます」


 と言いつつも、二神は平然とした様子で答える。


「しかし、上杉刑事を救うためなら、この程度の傷でへこたれてはおられませんよ」

「頼もしいな」


 今度は失踪した小夜について考えを巡らせる。彼女は今ごろ、どこでどうしているのか。何者が彼女を病院から連れ去ったのか?


(シリアル・キラー・アライアンス……)


 二段ベッドの上段に寝転がりながら、倉瀬はヤクザの冨原が教えてくれた情報を思い返し、同時に、殺害された藤署長の件へと思考を移していった。


(上杉刑事が誘拐された件も、藤さんが殺された件も、風間ユキが襲撃を受けた件も、全てはひとつの点へと集約されていく――のか?)


『例えば、ここに一個の戦闘集団がいる』


 冨原が語った言葉だ。


『そいつらは、死刑を恐れねえ。法を恐れねえ』

『戦うためなら、国家権力であろうと皆殺しにする。そんな集団』


 まさに藤署長はそんな連中に襲われて、殺されてしまったのだ。


 冨原に言わせれば、それはシリアル・キラー・アライアンスと呼ばれる集団の仕業とのことだった。


(もう、これは、刑事としての仕事ではない)


 決意を秘めて、倉瀬は金沢へと向かっている。


 北陸の一大文化都市、金沢――情報屋リビングドールから聞き出した、風間ユキの居場所。


 そしてシリアル・キラー・アライアンスが続々と集まりつつある所。


(待っていてくれ、藤さん。マッドバーナーも、お前さんを殺したシリアル・キラー・アライアンスとやらも、みんな一網打尽にしてやる。草葉の陰で、私の成功を祈っていてくれ)


 鞄の中に手を突っ込み、署から盗んできた拳銃を強く握り締める。


 これは刑事としての戦いではない。


 人としての尊厳を守り抜くための正義の戦いなのだ。

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