第51話 援護要請
活人形:
『やだ、やだ、や〜だ〜(-ε-)
お爺ちゃんにはもう教えてあげない』
すっかりヘソを曲げてしまったリビングドールは、倉瀬が何を言っても拗ねた返事しか返してこない。まるで子どものようだ。
ネットカフェ――と言うよりも、漫画喫茶のブース内で、パソコンのモニターと向かい合いながら、倉瀬は背伸びをした。かれこれ一時間は同じ問答を繰り返している。いい加減肩が凝ってきた。
八田は、最初は同じブースで様子を観察していたが、進展がないことに飽き飽きしたのか、別の場所で漫画を読んでいる。
タイスケ:
『そこを何とか。頼む』
活人形:
『お爺ちゃん、じゃあ、お金持ってるの?
無いんじゃない?ε- (‾、‾ 』
タイスケ:
『正直、お前さんの提示するような額は無理だ』
活人形:
『ほらほらあ。それってなに?
ジコチューって奴だよ(`Д´)
ボクはそんなに安くないんだからな ヽ( )`ε´( )ノ 』
タイスケ:
『そうか』
ここで、倉瀬はあることを言うべきか言わないべきか、迷っていた。
上手くいけば相手の動揺を誘うことが出来るかもしれない。失敗すれば、怒らせて交渉が決裂してしまうかもしれない。
悩んだ末に倉瀬は言うことにした。
タイスケ:
『お前さん、もしかして――女か?』
活人形:
『はお?( ゚ ▽ ゚ ;) 』
微妙なセリフが返ってきた。
怒っているのか、そうでないのか。
タイスケ:
『勘だがな。この間から、どうも文章が女みたいだから、そう感じた』
活人形:
『ネカマとか思わないの? (‾д‾) 』
タイスケ:
『ネカマ?』
活人形:
『ネットオカマ。
ネット世界で女のフリしてる男のこと
┐(‾ヘ‾)┌ 』
タイスケ:
『考えた。もちろんな。だが、違うと思った』
活人形:
『根拠は? (‾ヘ‾) 』
タイスケ:
『お前さんの性格かな。
直情的でありながら、時に冷静で我慢強い。
勘だが、男よりは女に近いと感じた』
リビングドールの返事が止まった。こちらの言葉に耳を傾けているようだ。
これはチャンスかもしれない、と倉瀬は考えた。ポジティブな方向で相手の深い領域に潜り込めれば、情報入手とはいかなくとも、何かしらの恩恵は受けられるかもしれない。
幸いなことに、リビングドールは子どもっぽい反面、心は広い。特に倉瀬に対しては友好的に接してくれている。
(この機は逃せんな)
倉瀬は話を続けることにした。
タイスケ:
『私は職業柄、色々な人間と接してきた。
だから、何度か会話を重ねれば、自ずとその人間の傾向が見えてくる。
お前さんは、男とは違う、ような気がした。
演技しているにしては、自然体だ』
まだリビングドールは沈黙を保ったままだ。
実は怒っているのだろうか、と倉瀬は不安に思ったが、ここまで話して引け腰になるのも筋が通らない。構わず、話を続行した。
タイスケ:
『とりあえず、お前さんが女であるという前提で話を進める。
以前マッドバーナーの情報提供を渋ったことがあったな。
あの時、マッドバーナーの正体を知ることは、お前さんの正体を探ることでもあると、そんな話になった記憶がある』
活人形:
『違う――と言いたいとこだけどね。
でも、まあ、いいや。続けて』
タイスケ:
『マッドバーナーをかばうリビングドールは、正体は何者なのか?
私は、ひとつの答えを見つけた』
活人形:
『なに?』
タイスケ:
『最初にコンタクトを取った時、お前さんはすぐに応対出来た。
日中だったな。ということは、定職には就いていない、と考えてもいい。
そもそも、いつ連絡してくるかわからない顧客に随時応えるためには、
定職に就いていたら対応しきれないはずだ。
アルバイトでも、仕事をしている間はインターネットなんかやっていられない。
だから、結論はひとつ』
倉瀬はキーボードを叩いた。
タイスケ:
『お前さんは、マッドバーナーの配偶者か、それに近い人間だろう?
間違っているか?』
無論、その他の親類縁者の可能性もあるし、ただの知人かもしれない。それでもムキになってマッドバーナーの情報をシャットアウトする姿勢から、倉瀬は単なる知り合い程度ではない関係――リビングドールとマッドバーナーの深い絆を感じ、総合的に判断して、マッドバーナーの配偶者ではないかと結論を出した。
倉瀬の問いかけに対する返答は、かなり時間がかかった。
一分ほど経ってから、突然、リビングドールは大笑いし始めた。
もちろん、わざわざ文字でタイプして。
活人形:
『あはははははははははははははははははは
o(≧▽≦)o 』
倉瀬は次の言葉を待ちながら、生唾を呑み込んだ。
前に聞いた、情報屋の赤城の話が確かなら、リビングドールは自分の正体を探ろうとする者には報復行動に出るはずだ。
もしも自分の発言を不快に感じていたら。
想像すると、背筋が寒くなってくる。
ところが予想以上にリビングドールの返事は穏やかだった。
活人形:
『お爺ちゃん面白〜い。やっぱ、すごいね。
ランクAのインヴィシブルマニトゥを倒すだけあるよ』
タイスケ:
『誰だ、それは』
活人形:
『やだなあ、お爺ちゃんが戦った殺人鬼だよ。
急にお爺ちゃんがSKAのことをまた聞いてくるから、何かあったのかな、
って心配して調べたら、ランクAの殺人鬼が送り込まれた、っていうじゃん。
ドキドキしてたけど、無事だって知ってホッとしてたんだ』
タイスケ:
『話をそらすな。お前の正体はどうした』
活人形:
『ノーコメント』
タイスケ:
『おい』
活人形:
『それよりSKAのこと詳しく教えてあげるよ。
聞きたい? 聞きたい?』
タイスケ:
『なに』
いま、なんと言った?
タイスケ:
『教えないんじゃなかったのか?』
活人形:
『最初はそのつもりだったけどねえ。迷ってたんだ。
でも、お爺ちゃんならいつかはボクに辿り着きそうだし、
四の五の言ってられる余裕もなくなってきたから』
タイスケ:
『余裕?』
活人形:
『ハッキリ言って、状況はかなりマズいよ。
一人でも多く人手が欲しいんでお爺ちゃんに手伝ってもらおうかな』
タイスケ:
『手伝う? 何を、だ』
活人形:
『風間ユキの護衛』
倉瀬の頭が急速に冷やされてきた。
行方不明になっている風間ユキの情報を、リビングドールは握っている……!
活人形:
『もう、ボクの正体バレるの覚悟で言うよ。
実は、風間ユキが、ボクの所に来たんだ』
(なにぃ!?)
リビングドールのいきなりの発言に、かなりの衝撃を受けたが、倉瀬はあえて空とぼけて、
タイスケ:
『ほう、そうか』
と返した。
活人形:
『それで、うちの』
そこまで入力したところで、リビングドールは急に文字を削除し、文章を書き直した。
活人形:
『マッドバーナーの家に行くことになって、今もまだ彼の家に居候中』
タイスケ:
『まてまてまて』
活人形:
『なに? お爺ちゃん』
タイスケ:
『マッドバーナーはあの子を殺そうとしていたんだぞ!
どうして、その風間ユキが、マッドバーナーの家に泊まっているんだ』
活人形:
『知らないよ、そんなこと。ボクには。ふん』
タイスケ:
『ふん、って。それは嫉妬か?』
活人形:
『む』
この反応……図星かもしれない。
タイスケ:
『いやすまん、余計だったな。
で、今はどうしているんだ』
活人形:
『別に普通にしてるみたいだよ。
一緒に外出もしてるみたいだし』
タイスケ:
『場所はどこだ? どこにいる』
活人形:
『金沢』
金沢。
冨原が教えてくれた、シリアル・キラー・アライアンスが集まってきているという場所だ。
そこに風間ユキがいる。
活人形:
『彼女は、連続殺人鬼たちに狙われている。
マンハントっていうゲームの標的として。
彼女の能力を持ってすれば逃げられるかもしれないけど、
それほどマンハントは甘くない』
タイスケ:
『マンハント?』
活人形:
『シリアル・キラー・アライアンス主催の、殺人鬼たちによるゲーム。
目標を殺せた奴には、賞金と景品が贈呈されるんだ』
タイスケ:
『不愉快なゲームだな。それで?』
活人形:
『風間ユキはね、すごい人気なんだ。下馬評がすごくって。
なんたって、超能力を持ってるからね』
超能力。
その言葉の持ついかがわしい響きに、倉瀬は何かの間違いかと自分の目を疑ったが、リビングドールは訂正しようともしない。
信じるべきか、疑うべきか。
しかしインヴィシブルマニトゥのような実例もある。
そもそもシリアル・キラー・アライアンスの存在自体が非現実的だ。今さら超能力が関わってきても、驚くようなことではない。
活人形:
『風間ユキは自分が生き延びるための道が見えるらしいんだ。
つまり、どんな危機に襲われても死ぬことはない』
タイスケ:
『あの子を殺すことは不可能だと?』
活人形:
『不可能なんだ。彼女が生き延びようとする限り。
だから、我こそはと思う殺人鬼たちが、命狙ってる』
タイスケ:
『で、マッドバーナーは?
なぜ風間ユキは奴に頼った?
奴も関係しているのでは?』
活人形:
『んー、わかんない。彼女なりに考えがあったんじゃない?
それが、きっと生き延びるための道だったんじゃないかな』
タイスケ:
『わかった、それはおいおい調べよう。
それで、お前さんが私に望むことはなんだ。
なぜ風間ユキの護衛を頼む』
活人形:
『そろそろ通信切りたいな。その話は長くて今日は話せないよ。
金沢に来てくれたら詳しく教えてあげる。どうする?』
タイスケ:
『決まっているだろ』
倉瀬は迷わず、答えの文章を打ち込んだ。
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