第50話 同盟への招待状
倉瀬は、意識を失っている殺人鬼の青年を、用具入れに入っていたゴムホースで縛ると、個室の中にいる冨原のもとへと駆け寄った。
「う……」
気絶してもおかしくない深手を負いながら、冨原はまだ意識を保っている。
「おい、奴は倒したぞ。もう安心だ。病院へ行こう」
「……倒し、た……あんたが、か……?」
「ああ、そうだ」
「はっ……すげえな、あんた……」
力無く、冨原は笑う。今にも逝ってしまいそうな弱々しさに、倉瀬は慌てて、軽く冨原の頬を叩いてやった。
「しっかりしろ! 救急車を呼ぶぞ、しばらく待っていろ」
携帯電話を取り出し、119番にかけようとした瞬間、
「待て……」
冨原が止めてきた。
通話ボタンを押す直前で、倉瀬はやめるかやめないか迷ったが、何が起きるかわからないこの状況で、冨原の発言を無視するわけにもいかず、次の言葉を待つことにした。
「金沢……だ……」
「なに?」
「すぐ……ここから出せ……金沢……に……行く」
金沢とは、石川県の金沢市のことを指すのだろうか? 神奈川県の金沢文庫も知っている倉瀬は、念のため、
「石川県の金沢か?」
と尋ねた。
冨原は、ゆっくりと頷いた。
「金沢が、どうした」
「奴らが集まる……場所……だ……シリアル……キ……」
「シリアル・キラー・アライアンスか」
「ああ……」
「なぜ金沢だ。そこに何がある、どうして金沢なんだ」
もう倉瀬はシリアル・キラー・アライアンスの存在を疑っていない。実際に冨原の命を狙って刺客が送り込まれてきた。それも常識外れの能力を持った殺人鬼が。
「う……」
冨原は痛む目を押さえて、苦しげに呻いた。何かを伝えようと口を蠢かせては、荒い呼吸を繰り返している。
「わかった、無理するな。金沢に行けばいいんだな。私が行ってやる。だからお前さんはもう黙っていろ。救急車を呼ぶぞ、いいな」
「駄目……だ……!」
たどたどしいが、強い口調で冨原は制止する。
「なぜだ!」
「あんたが……殺される……からだ……!」
「私が?」
冨原の言葉をにわかには理解出来ず、倉瀬は聞き直した。
「そう……だ……あんた、殺され……る……」
言われてみれば、冨原からシリアル·キラー·アライアンスの情報を聞いてしまった自分を、連中が生かしておく道理はない。冨原を襲ったのであれば、当然、自分にも矛先は向けられる。
もし今後も同じくらい強い刺客が送り込まれてきたら――自分に、戦い続けるだけの力はあるだろうか?
無理だ。
「お前さん、金沢へ連れていけ、と言ったな。行けば、なんとかなるのか?」
「俺なら……会員だ……紹介出来る……あんた助かるには……ひとつ……会員に……」
「なに!?」
言わんとしていることは理解出来た。つまり、冨原は、自分にシリアル·キラー·アライアンスの会員になれと言っているのだ。奴らの情報を知ってしまった自分が生き延びるには、それしか方法がない、と。
「ふざけるな、人を巻き込んでおいて。誰がこんな狂った殺人鬼集団の仲間入りなどするか」
「だが……俺……教えなければ……どうだった……?」
倉瀬は沈黙した。
もしも冨原から情報を聞いていなければ、そんな組織が存在していることを知らず、ただマッドバーナーのみを追い続けて、定年を迎えていたかもしれない。無論、知らぬが仏、と考えることも出来る。知っていなければ、平穏無事に、静江と余生を過ごすことが出来たかもしれない。
だが倉瀬は知ってしまった。
マッドバーナーをも超える、異常な集団の存在を。
(私はどうすればいい?)
執念でもって追いかけていたマッドバーナー。
それすら霞むほどの凶悪な集団、シリアル·キラー·アライアンス。
あと少しで捕まえられそうな殺人鬼一人を追い続けるか、より危険な殺人鬼集団を撲滅するために戦うか。
どちらにせよ、このままではシリアル·キラー·アライアンスに目をつけられている以上、無事でいられる保証はない。それこそ冨原の言う通り、自分自身もまた会員となって、生き長らえるしか方法はない。
「どう……する……?」
冨原は精一杯無理をして、笑みを浮かべた。
「俺が……捕まったまま……奴らとコンタクト、取れないぜ……出せ……」
「その怪我では、病院に行く必要がある。どうやろうと、警察に捕まるのは避けられないぞ」
「高峰……住所は教える……もぐりの医者……ダチ、だ……そいつの所……」
「なるほど。闇の世界ならではの人脈か」
その高峰という名の医者が確かな腕を持っているのか、倉瀬には知る由もないが、少なくとも冨原が信用しているのであろうことだけはわかった。
ちょうどその時、八田がトイレの中に入ってきた。おっかなびっくり様子を窺っていたが、自分たちを襲った刺客がゴムホースで縛られて寝転がっているのを確認すると、急に勇気づいて、倉瀬の近くへと寄ってきた。
「ど、どうなりましたか、倉瀬さん」
「片付いた。だが、まだひと仕事必要だな」
「へ、ひと仕事?」
「八田、お前さんにも手伝ってもらうぞ」
「あ、あの、どういった仕事でしょうか」
先ほど、冨原の話を、八田も一緒になって聞いていた。しかも刺客の姿を見ている。シリアル・キラー・アライアンスのことは理解していないだろうが、それでも情報を入手してしまったことには変わりない。
すなわち八田もまた危険に晒されている、ということだ。
「説明は後だ。とりあえず、ここを脱出するぞ」
「え――まだ、何か、危ないんで!?」
「そういうことだ」
「ひゃああ、そりゃ大変だ。逃げましょう、早いとこ逃げましょう」
八田の素っ頓狂な声に、つい倉瀬はプッと吹き出した。
「? なにか」
「いや」
いい意味で緊張感のない奴だ、と倉瀬は思った。
幸か不幸か、愛知県警内は、刑事の死体が発見されたことで大騒ぎになっており、倉瀬達どころではなかった。途中、何人かと出会ってしまったが、その都度、「襲われた冨原を、安全な場所まで移送する」と嘘をついてやり過ごした。完全な嘘ではないが、この後冨原を逃がすことになるのを考えると、倉瀬の気が咎めた。
しかし全員の命を守るためでもある。不愉快ではあったが、やむをえない緊急事態だった。
八田がパトカーの鍵を持ってきてくれたので、愛知県警の車両を勝手に借りて、闇医者の高峰の所へと向かった。
真実についての説明は、車中でした。全てを聞き終わった八田は、やはり信じられない、といった反応を返してきたが、実際に署内に現れた殺人鬼のことを持ち出すと黙ってしまった。
(本当に体を張って教えてくれたな)
巻き込まれてしまったものの、その点は冨原に感謝すべきだと思っていた。
※ ※ ※
高峰は、安アパートに住んでいる、一見普通の男だった。
体格は大柄で、苦みばしったクセのある二枚目。
眼光鋭く、倉瀬をじろりと睨んだ後、
「あとは診よう」
と短く言って、重傷の冨原を室内に入れた後、ドアにチェーンをかけて、何人たりとも入れないようにしてしまった。
閉め出された倉瀬と八田は、アパートの部屋の前でしばらく佇んでいたが、やがてどちらから言い出すわけでもなく、またパトカーの方へと戻っていった。
「で、どうするんですか?」
八田はそう聞いてきたものの、倉瀬にも今後の展望については見通しが立っていない。冨原がキーパーソンとなるのであれば、とにかく彼の回復を待つしかない。
「時間がかかるな」
誰ともなしに呟き、それから倉瀬はあることを考えた。
「リビングドールか……」
ぞんざいな扱いをして、そのまま放っておいたリビングドール。この際、奴にまた連絡を取り、シリアル·キラー·アライアンスのことについて教えてもらうのも手かもしれない、と考えた。
あの様子なら嫌がるであろうことは目に見えているが、そこは何とかして情報を吐き出させるしかない。
「よし、決まりだ。八田、すまんが、インターネットカフェの場所を知っていたら教えてくれ」
今はとにかく、少しでも多くの情報を収集して、自分たちが有利に事を進められるようにするしかなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます