第45話 殺人ランク
「実は、俺もシリアル・キラー・アライアンスの会員なんだ」
冨原の発言に、倉瀬は半信半疑の眼差しで、相手の顔を覗き込んだ。
「正気で言っているのか?」
「俺はイカレちゃいねえぞ。その証拠に見せてやるよ」
冨原はポケットを探り、名刺サイズのハードコートのカードを取り出した。持ち物検査はされて、何も携帯出来ないはずなのに、どうやって誤魔化したのか。
倉瀬はカードを受け取った。
顔写真入りで、まるでスポーツクラブの会員証のような、どこでも見かけるオーソドックスな型のカード。そこに記載されているロゴには、確かに“Serial Killer Alliance”と記載されている。
「悪戯にしては……手が込んでいる」
「いい加減認めろよ、爺さん。これはリアルな話だ」
「お前さんの言う通り、人殺しを援助する集団だとして、こんな会員証など残していたら、そのシリアル・キラー・アライアンスとやらにとって危険ではないのか?」
「問題ねェさ」
「問題ない?」
「だって、あんたも、いまだに信じていないだろう? 誰も本気にしやしない。その会員証もチープな作りだろ。家電量販店に行きゃ、いくらでも作製キットは売ってるぜ」
「こいつは大した証拠にならない、と……」
「そういうことだ」
「だとすると、お前さんの話も信用出来ない、ということになるな。この会員証が確かなものであると証明出来ない限り」
倉瀬は言葉を切って、相手の反応を待った。どんな言い訳をするのだろうかと待ち構えていたが、一向に口を開く気配がない。冨原はニヤニヤ笑ったまま、面白そうに倉瀬の顔を眺めている。
「……何を、待っている」
直感で、冨原は“時間”が来るのを待っているのだと、倉瀬は思った。
「感謝してほしいぜ。俺の身を張った証明に、な」
「証明?」
「人間は目に見えるものしか見えねえのに、なぜか世界の全てをわかった気になっている」
「目に見えるもの――」
「どうだ? あんたは世界のことをどこまで知っている? どこまで真実を把握している? こうして俺たちが話している間、隣の部屋で何が起きているのかもわかっていないだろ。それで世界の全てを理解していると言えるか?」
倉瀬は答えられない。詭弁だ、と感じつつも、明確に反論することは出来ない。
自分の観測が及ばない領域――自分の生活圏外のことは、しょせん伝聞によって情報を得ているに過ぎない。どうしてそれが正しい情報だと証明出来ようか?
発達した情報社会の中で、知らず知らずのうちに、全てを把握しているような気になっている。
しかし、自分自身の目で確認したものではない。
「人間はてめえが理解出来ない存在に関しては、とにかく否定するのみ、だ。あんたも、俺の話をハナから受け入れようとしていないだろ」
「ああ……そうだな」
「だから、俺はてめえの身を張って、証明してやろうと思ったんだよ。俺を打ち負かした、あんたに敬意を払ってな」
「だから回りくどい言い方はやめろ。何の証明をするつもりだ」
「決まってんだろ」
急に冨原は緊張した面持ちになり、唇を舐めた。
「シリアル・キラー・アライアンスの、実在を、証明するんだよ」
「まさか、私に情報を漏らしたからそいつらが始末に来る、とか言い出すんじゃないだろうな」
「そうだ」
冨原は自分の肩のあたりを、トントンと指で叩く。
「シリアル・キラー・アライアンスに加入した者は、まず通信機を体の中に植え込まれる。高性能な、コンタクトレンズほどの大きさだ。組織は、その通信機を通じて、居場所や会話の内容を全て掌握出来るってわけだ。俺の場合は、ここ、肩の中に埋め込まれた」
もう一度、冨原は指で肩を叩いた。
「組織の情報を洩らした場合、すぐに刺客が送られてくる。刺客は、会に所属している殺人鬼だ。おっと、そんな、『理解出来ない』って顔すんなよ。確かに殺人鬼は殺し屋とはわけが違う。そう簡単に人を殺せるような連中ばかりじゃない。だからこそ、シリアル・キラー・アライアンスが存在している。だけどな。ヤクザにも俺みたいな武闘派がいるように、殺人鬼にも人外の強さを誇る化け物みたいな奴がいる。幕末の人斬りみてェな存在だな。まるで狩りをたしなむように人間を狩るイカレた連中だ。俺みたいに、抗争を有利に進めるために入会した人間とはわけが違う。人間狩りが面白いから、もっと思う存分楽しむために入会した――そんな連中だ」
もう残り時間が少ないのか。
冨原は口早に、一気にまくし立てる。
鬼気迫るものを感じ、倉瀬は話に水を差さないよう、ひたすら沈黙を保っていた。
「シリアル・キラー・アライアンスの中でも格付けがある。Sから始まって、Eで終わる。組織内での公式な格付けだ。Eはいつ会員権を剥奪されてもおかしくない、規約違反の連中――継続的に人を殺せない、その時の気分で衝動殺人したくせに、なんの間違いか入会しちまった連中。Dは、殺人を常習としているが、頭が完全にイカレていて、すぐにでも警察に捕まりそうな連中。CはDよりかは理性を持った人間だな。Bが知能犯だ。腕力に優れているわけじゃないが、知恵と工夫で獲物を捕まえて、ぶっ殺すことの出来る殺人鬼だ」
「お前さんは、どのランクだ?」
「Cだ。俺はただのヤクザだからな。敵の組の連中を何人か殺しているが、結局力任せだ。シリアル・キラー・アライアンスの援助があったから成功したようなもんでな。癪に障るが、妥当な線だと思うぜ」
自分を嘲笑うように、冨原は口もとを歪める。
「それよりも、問題はAクラスだ。こいつらはシリアル・キラー・アライアンスの情報を漏らした人間を抹殺することも組織から依頼されるような連中だ。それだけ半端ない強さを誇る」
「どれだけ強い?」
「訓練された特殊部隊をぶつけてやっと勝てる――ぐらいだな」
「誇張はよせ」
「目の前で見たんだ、間違いはない」
心なしか冨原の顔色が悪い。
「俺が知っているのは、キングナックルと呼ばれる殺人鬼だ。アメリカで何十人も有色人種をぶっ殺している正真正銘の連続殺人鬼でな、その殺し方ってのが――驚いたことに、素手だ」
「素手?」
「武器は使わねえ。メリケンサックの類もねえ。生の拳で、相手の頭蓋骨を砕き、内臓を破裂させる。もはや人間じゃない。あんな化け物、この世に存在するなんて信じられなかった――だが、俺が知らなかっただけで、いるんだよ。本当に、一騎当千の強さを誇る猛者ってのが。たまたま、それが殺人鬼だった……って話だ」
倉瀬の脳内で、藤署長の殺害現場の記憶が蘇る。
家族全員が硫酸で殺されている中、藤署長だけは首の骨を叩き折られて、その上で硫酸を顔面にかけられていた。検死結果によると、何か鈍器で頭部を強打されたことによる頚椎骨折が死因とのことだった。
「まさか」
「どうした?」
「いや――」
倉瀬は藤署長の殺害について説明してやった。
「おい、もう年末から動いていたのかよ」
途端に冨原は立ち上がり、狼狽し始める。血の気が引いている。
「やばいな。それは間違いなく、キングナックルの仕業だ――硫酸は、誰だ? 新顔かもしれない――おい、ここの署内は詳しいか」
「初めて来た」
「畜生、キングナックルはどうにもなんねえ! あいつはSクラスに近いAクラスだ。俺もあんたも、この警察署にいる奴らも含めて、皆殺しにされるかもしれねえぞっ」
「落ち着け」
倉瀬は一応なだめたものの、あれだけの暴勇を誇る冨原が取り乱しているのを見て、次第に不安になってきた。この反応まで演技とは思えない。
ならば、まさか本当に、化け物じみた強さの殺人鬼が現れるというのだろうか?
「Aでそれほどのものなら、Sはどんな連中だ?」
「俺も詳しくは知らない。噂では、イギリスにいる三人の殺人鬼に与えられた称号とのことだが、眉唾物だな。誰も見たことはない。Aであれだけ強いんだ――Sは、それこそ――」
「それこそ?」
「神か、悪魔の類になっちまう」
「なるほど。では少なくとも、襲ってくるのはAクラスの殺人鬼止まり、と考えればいいな。Sは実在するかどうかわからんのだから」
「馬鹿言え。Aでも、俺が言ったキングナックルは人間に倒せる相手じゃない」
「私とお前さんが組めば、少なくとも宗道臣やマス大山と互角に戦うことくらいは出来るだろう。敵がそれ以上の腕前だというのなら、別だが」
「戦うつもりか?」
「その話が本当ならな。とにかく座れ」
倉瀬は、冨原に着座を促した。
何か言いかけた冨原だったが、しぶしぶ椅子に座る。それどころじゃねえ、とでも叫びたかったのだろう。
倉瀬には、相手の感情が手に取るようにわかったが、同時にプライドが邪魔して、口が裂けても逃走を積極的に促すようなことは言わないだろう、と判断していた。
(私まで慌ててはいけない。こいつの口車かもしれん。真贋を見極めなければ――)
一瞬、冨原の言葉を信じかけた倉瀬だったが、ギリギリのところで、理性的な判断を下すことが出来た。現実と非現実の境目のところで、なんとか現実側に踏みとどまれたのだ。
しかし、その理性的な判断こそが大きな過ちであったと――数分後に、倉瀬は痛感させられることとなる。
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