第44話 情報提供者
―2008年1月7日―
愛知県警
「あのガキは、殺人鬼どもに命を狙われている」
「どういうことだ……?」
冨原の言葉に、倉瀬は身を前へと乗り出した。
取調室に緊張が走った。
※ ※ ※
数日前に藤署長が殺された。
不幸なことに――藤署長の惨殺現場に、初動調査で立ち会ってしまった。そのあまりにもグロテスクな殺害現場に、誰もが顔を引きつらせていた。
署長とその家族は無惨な形で殺されていた。惨殺死体には見慣れていた倉瀬だが、それでも人間の悪意が具現化したかのような目の前の光景に、吐き気を催してしまった。
被害者は、藤署長と、娘と、娘婿の三人。署長の妻は、たまたま高校時代の学友と旅行に行っていたため、難を逃れた。
犠牲になった三人は全員、硫酸で顔をグズグズに溶かされており、署長に至っては首の骨を力任せに叩き折られていた。
「マッドバーナーに続いて、なんですか、今度は。硫酸男ですか……?」
若い刑事は、青ざめた表情で、ハンカチで口を押さえて、倉瀬に問いかけた。
「模倣犯の一種かもしれんな。マッドバーナーみたいな狂った奴が現れた後は、大抵真似したがる奴が増えるものだ」
口だけは動かしながら、その実、倉瀬の頭の中は空回りを繰り返していた。どうしても藤署長が殺されたという事実を受け入れられなかったのだ。
年齢は下で、警察での経験も倉瀬より少ない藤署長であったが、キャリア組で培ってきた知識と洞察力、そしてノンキャリア顔負けの根性は、倉瀬をして感嘆せしめるほどのものであった。
マッドバーナーの一件にしても大いに尽力してくれた。倉瀬にとって、藤署長の存在は欠かせないものであり、彼がいたからこそ、自分の勘の鋭さも最大限に活かせたのである。
それなのに、こんな予想もしなかったタイミングで、唐突に殺されてしまうとは。
署長のために何もできなかった自分の不甲斐なさに、倉瀬は歯噛みしていた。
※ ※ ※
そんなこんなで、捜査やら葬儀やらが慌ただしく過ぎていった後の、今日。
愛知県警から呼び出しがかかった。
逮捕した冨原が、「どうしても倉瀬にしか話したくない情報がある」と騒いでいる、とのことだった。
「倉瀬刑事でないと駄目みたいなんですよ」
電話の向こうで八田刑事が弱音を上げた。
藤署長を失ったショックが大きく、倉瀬はすぐに動きたくなかった。
愛知県警――少なくとも八田刑事には、「しっかりせんか! それぐらいの取調べが出来んで刑事と言えるか!」と怒鳴ってやりたかった。
が、実際に拳を交えた相手だから、冨原がそう簡単に折れる相手でないことはわかっている。
仕方なく、再び倉瀬は愛知県へと急行した。
「倉瀬さん、遠い所をどうも――」
「私も暇じゃないんだがな」
「もちろん、わかってますよぉ。でも、あなたしかいないんです。是非、是非」
揉み手をして媚びる八田刑事にうんざりしながらも、倉瀬は県警庁舎の中へと足を踏み入れた。
関係者への挨拶もそこそこに、すぐに取調室へと入った倉瀬は、「すまんが外で待っててくれ」と他の刑事には席を外してもらった。
机を挟んで、冨原の正面に腰かけた瞬間、
「それじゃあ話そうか」
と、いきなり風間ユキのことについて一方的に語り出された。
驚いた倉瀬は急いでメモを取ろうとしたが、冨原に鋭く睨まれた。
「メモもテープも禁止だぜ」
オフレコの話、ということだ。
倉瀬はメモをしまい、頭で記憶することにした。もともと記憶力は悪い方じゃない。どれだけ長い話をされても、細かい単語まで憶えていられる自信はある。
「もう一度繰り返すぜ。あのガキは殺人鬼どもに命を狙われている」
「殺人鬼、だと?」
「ああ」
「教えてくれ。なぜ命を狙われる? 両親の関係か? 新興宗教と何か関係でもあるのか?」
「関係はねェな。どっちかと言えば、あのガキ自身の問題だ。殺人鬼どもは、あのガキを殺したいから、殺そうとしている」
「殺人鬼“ども”……複数人いる、ということだな。その中に、マッドバーナーもいるのか?」
「ありゃ関係ねぇよ。ただの飛び入りだ。殺人鬼どもには邪魔な存在でしかねェ」
冨原はせせら笑う。全てを知っていて、あえて情報を小出しにしている感じだ。
倉瀬は苛立ちを覚えた。
「勿体つけるのも大概にしろ。始めから終わりまで、包み隠さず全て話せ」
「まあ落ち着けよ。簡単にベラベラ喋れるほど、事は単純じゃねえんだ」
「……なに?」
「そうだな、何から話せばいいのやら」
冨原は腕組みして、ふむ、と一声。
次に口を開くまでの数秒が、倉瀬にはもどかしく感じられた。
「――爺さん。あんた、超能力って信じるかい?」
「? 何を突拍子もないことを」
「言うと思ったぜ。そんな怖い顔しないで、話だけでも聞いてくれ」
冨原はまた沈黙した。言葉を慎重に選んでいる様子だ。
「狩り、する時にだ」
「む」
「こっちの動向を先読みできる獣が相手だとしたら、非常に狩りづらいよなあ? 素人さんだったら、まず嫌気がさしてやめちまう。ところが玄人だったらどうだ? 並の獣じゃ飽きてるプロ級のハンターだったら? 逆に燃えてくるだろ?」
「抽象的な話はやめろ」
「物分かりの悪いジジイだな。獣を風間ユキに、プロのハンターを連続殺人鬼に置き換えて、俺の話をもう一度よく考えてみろ」
「……まだわからん」
「こういうことだ。あんたが信じようと信じまいと、この世界には殺人鬼たちを支援する団体が存在する。殺人鬼どもが安心して人間を殺せるように、手助けをすることが目的だ」
「馬鹿な。なんの得にもならん」
「じゃあ聞くが、あんたが刑事として誰かを助けるとき、必ずしも給料のために人助けするか? 違うだろ? 正義の心ってやつだろ? その真逆で、悪の心に従って動いている奴らってのが、この世にはいるんだよ。そして、その最たるものが、いま俺が話した殺人鬼集団――シリアル・キラー・アライアンスだ」
「たしか風間邸で、上杉刑事がそんな名前を言っていたような記憶がある」
「ああ、あの姉ちゃんは知っていたようだぜ。なぜそんな情報まで掴んでいたのか、俺にはわからねえが」
「そして? そのシリアル・キラー・アライアンスが、風間ユキを狙っていると? お前たちヤクザも同じ理由か?」
「俺たちを変態どもと一緒にするな。あくまでも風間ユキが持っている能力を狙って、オヤジが事を起こせと指示を下したに過ぎねェ。俺たちは、あのガキをさらえば、それで済んだ。殺す気はさらさらなかったよ」
「待て――ややこしくなってきた。話がどうにも非現実的だ。理解できん」
「だから、よ。俺は最初に聞いたじゃねえか」
冨原はクク、と冷たく笑った。
「あんた、超能力を信じるかい、って」
「……」
話にならない――と思っていた倉瀬だったが、次第に冨原の言葉に真実が込められているような気がしてきた。長年、色々な人間と相対してきた経験が、第六感に訴えかけている。
冨原は嘘をついていない。
言葉をありのままに受け入れれば、答えは現れる――
「馬鹿な」
倉瀬はかぶりを振った。
そんなことを認めてしまえば、自分の中の常識が、世界観が、一気に崩壊してしまう。理性を保つためにも、認めるわけにはいかない。
「本当だよ」
容赦なく冨原は断言した。
「風間ユキは、超能力を持っている。だから腕に覚えのある殺人鬼どもが、喜んでハンティングに興じている――これはな、爺さん。“殺人”なんて生やさしいもんじゃねえよ。“人間狩り”なんだよ」
「冗談はよせ!!」
虚しいと知りつつも、倉瀬はテーブルを両拳で思い切り叩いた。
「まあ、そう興奮するな。とりあえず話を聞けよ」
冷静な声でなだめると、冨原は話を続けた。
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