第35話 NEGO

「『マンハント』を楽しみにしている会員は大勢います。ターゲットとなる人物は一筋縄では殺せない者ばかり。だからこそゲームとしての面白さがあります。中には、賞金や会費無料の特典はどうでもいい、ただ難易度の高い相手を殺せればいい、という方もおられます」

「そいつらにとっては、俺みたいなフリーの殺人鬼が横からターゲットを殺すのは、堪ったものではないと」


 俺はパンフレットの文面から目を離し、顔を上げる。


「そういうことか?」

「はい」


 にっこりとリリィは笑みを浮かべる。


「だからこそ、私たちがゲームを支障なく運営出来るように、あなたには身を引いてもらいたいのです」

「なにがゲームだ。酷いゲームを始めたもんだな。すると、世界中か? 世界中の連続殺人鬼が、あんな少女一人を相手に、一斉に狙っているのか?」

「正確には、シリアル・キラー・アライアンスに加入している会員の六割、ですね。それにまだ始まっていませんよ。いつも年明け1月からスタートとなります」

「いつ開始するのかなんて、どうでもいい」


 この場に一〇五式火炎放射器があるなら、彼女に噴射口向けてやりたい気分だった。「その口を閉じろ」と脅しをかけたい。だが残念ながら、燃えるワゴンの中に置き去りとなっている。


「いいか。勘違いしているようだから教えてやる。俺は風間ユキを狙っている。俺は一年に一人しか殺さない。クリスマスイブには一人だけ殺す。殺すと決めたターゲットは、それなりに価値のある人間だ。殺すからにはゴミのようには殺したくない。ちゃんと感謝と謝罪の気持ちを抱きながら、焼き殺したい。それが俺のポリシーなんだ」

「あら。では、あのワゴンの中で死んでいる人たちは? あなたは今日、もうすでに何人か余計に殺しているではありませんか」

「それは……」


 言葉に窮する。


 言い返してやりたいが、事実、リリィの指摘通りなので、何も反論が出来ない。


「でも気に病むことはありませんよ」


 彼女は慰めの言葉を投げかけてきた。


「あなたは我々シリアル・キラー・アライアンスも一目置いている、優良な顧客候補の一人です。常に節度を守って人を殺しているあなたの在り方は、我々の間で高く評価されていますよ」

「そんなことで誉めるな」

「私個人としてもあなたには好意を持っておりますし、もう風間ユキを殺さない、というのであれば、我々としても穏便な形で終わらせたいのですが」


 ですが――なんだ?


 俺がもしも風間ユキを殺したりすれば、そのときはリーファと同じように刺客を送って、俺のことも殺してしまうつもりなのか?


 不愉快な話だ。


「風間ユキを……殺すな、か。ちなみに『マンハント』とやらはいつ決着がつくんだ?」

「来年中には。結局人を一人殺せば、それで終わりですからね。例年、早期にイベントは終了しています。年明けスタート後、早ければ2月には終わることでしょう」

「遅ければ?」

「日本風に言うのであれば、そうですね……桜の咲く頃には、といったところでしょうか」

「ちっ」


 忌々しい。


 この女の、人を馬鹿にした賢しい態度が気に入らない。最初は信用出来そうに見えたが、今ではただの慇懃無礼な態度の女にしか見えない。


「ところで――どうでしょう? この際、我々シリアル・キラー・アライアンスに加入されては如何ですか」

「は?」

「今なら初月は無料でサービス提供致しますよ。あなたでしたら月々20万円もご用意いただければ、相応のサービスが受けられるかと」

「……ふざけるな」


 何が悲しくて、そのような変な団体に加入しなければならないのだ。


「加入されるのであれば、風間ユキの命を狙っても、何の支障もございませんが――」

「お前らの考え方が気に食わない。断るっ」


 つい声を荒らげてしまう。


「わかっていませんね」


 リリィは立ち上がり、パンフレットの類を全部ブリーフケースの中にしまってから、微笑みかけた。


 何か含みのある笑いだった。


「私はあなた以上に、あなたのことを知っているのですよ」

「俺のことを?」

「例えば出生の秘密」

「な――」


 さすがに聞き逃せない。


 俺は腰を浮かせて身を乗り出し、彼女から話を聞こうとしたが、


「これ以上は会員になってからお話しましょう」


 と手で制されてしまった。


 リリィは、少しほつれた後れ毛を掻きながら、頭を斜めに傾けて、俺の顔色を窺うように見つめてくる。


 風が、二人の間を吹き抜けた。


「もし気が変わったら――いつでも私にお声掛けください。シリアル・キラー・アライアンスのサービスには、殺人の機会を提供するだけでなく、“秘められた能力”を伸ばすことも、“失われた技法”を与えることも、含まれております。あなたが、もし人間以上の力を求めるのであれば、遠慮なく私たちにご連絡を」

「何度言わせる。俺は――」

「気になるのでしょう? 私の話が」


 リリィは満面に凄まじい笑みを浮かべた。


「いつでも連絡を取りたくなったら――月に向かって呼びかけてください。すぐに我々はあなたの前に現れます」


 くすくす。


 突然吹き始めた突風に流されるように、彼女はフワフワと揺らめいて、いつの間にか俺の視界から消えてしまった。


 ……今のは夢だったのだろうか?


 しかし、手には確かに名刺が握られている。


 これは夢ではない。


「シリアル・キラー・アライアンス……」


 俺は、その名を呟いた。


 その時、どこからともなく、ヘリの爆音が聞こえてきた。


(警察か⁉)


 丸腰の俺は上空を見上げながら身構えたが、警告も何も発してこない。


 あのヘリは少なくとも警察の物ではなさそうだ。


(もう何が起きても驚きはしないな)


 色々と予期せぬ出来事が起きている。次に宇宙人が現れようが、ゴジラが襲来しようが、滅多なことでは驚いたりしない。


 俺はなかば疲れ気味に、ヘリコプターが次にどう動くのか、その挙動をボンヤリと見守っていた。


 地面スレスレまで降下してきたヘリのコックピットの中から人民服を着た初老の男が降りてくる。


「あんたは……」


 驚かないぞ、と思いつつ、軽く驚いてしまった。


 あまりにも懐かしい顔。ここ数年会ったことがないから、余計に珍しく、こんな場所で顔を合わせるのが不思議に思われる人。


 俺のオヤジでもあり、チャイニーズマフィアのボスでもある、リウ大人だった。


「久しぶりだな、アキラ。元気にやっていたか」

「お陰様で」


 うやうやしく頭を下げて、義理の父に挨拶をする。


 ふとリーファの言葉を思い出す。


――あなたと爸爸でグルになって何企んでるのよ!


 結局、リーファを殺したのはシリアル・キラー・アライアンスという謎の集団だったが、そういうことは関係なく、果たしてこの人を信用してもいいのだろうか?


 リーファが疑っていたのにはそれなりの真実が含まれていたのではないか?


 リウ大人は、熊のような巨体を揺すらせて、柔和な丸顔に微笑をたたえ、一見心優しそうな風貌だ。


 が、その目は鷹のように鋭く、常にパチパチと激しくまばたきしている。神経質な精神の表れ。何者をも信用していない様子を感じ取らせる。


 この人は何を企んでいる?


 そして、どうしてこの瞬間に都合よく俺の前に現れた?


「やはり、シリアル・キラー・アライアンスから接触があったか」

「オヤジ?」

「こちらへ来なさい。息子よ。ゆっくり話をしてやろう。私が話せる範囲のことは、全て、な」


 手招きされるがまま、俺はヘリの中に乗り込む。


 自分が何か巨大な混沌に呑み込まれていくような、得体の知れない不安を胸に抱きながら。

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