第34話 SERIAL KILLER ALLIANCE

 見知らぬ草っ原に放り出された俺は、どこへ行けばいいのかわからず、途方に暮れていた。


「ぐっ」


 発作の予感が胸の奥からせり上がってくる。おかしい。リーファを殺したのだから、もう今回は誰も殺さなくて済むはずだ。


 そこで思い出した。


 リーファは人間ではない。アンドロイドの類――俺の認識では、彼女を生命体として捉えていない。そのせいなのか、いつものように焼いておきながら、まるで人を殺したという実感が湧いてこない。


 ショットガンで死んだ構成員は、炎で死んだわけではないから、もとよりカウントに入っていないのだろう。


「やはり、あの子を殺す必要があるか」


 早く風間ユキを焼き殺さなければ、死ぬほどの苦痛が俺を襲い始める。


 焦って周囲を見渡していると、遠くの方から、一人の女がこちらへ向かって歩いてくるのが見えた。


 ブリーフケースを持ち、黒スーツを小粋に着こなした彼女は、遠目に見ても西洋人とわかるほど鮮やかな金髪をしている。やがて、彼女は俺か四十メートルほど離れた位置で立ち止まった。


 その立ち位置は正しい。


 火炎放射器の射程は、大体三十メートルから五十メートル。あの距離の取り方は、俺が何者かわかってやっているのであれば、実に正しいやり方だ。


 彼女は俺のことを知っているのか?


 なんであれ、このタイミングでやって来るからには、只者でないことは明らかだ。狙いは何なのか。俺は十分に用心して、相手の出方を待った。


「初めまして」


 不気味なほどにっこりと微笑んで、彼女は挨拶してきた。俺はとりあえず会釈だけする。まだ油断は出来ない。


 笑顔のまま人を殺せるような奴は、闇の世界にはゴロゴロいるのだから。


「あら」


 彼女は俺をじろじろと見た後、目を丸くした。


「例の火炎放射器はお持ちでないのですね」

「……あの中に忘れてきた」


 俺は、後方で燃え盛るワゴン車を顎で指し示した。


 ちょうどガソリンに引火したのか、爆発が起きた。その鼓膜を突き破りそうなほどの爆発音にも、彼女は動じていない。


「まあ勿体ない。希少な兵器ですのに。マニアが聞いたら発狂してしまうでしょうね」

「伝説上の武器だからか? だが、所詮は兵器は兵器だ。何も惜しむことはない」

「でも、噴射時間、携帯性、耐久性――どれを取っても現存する火炎放射器では実現不可能な、優れた性能を持っていたではありませんか。その技術が炎に呑まれて失われてしまうなんて……」

「よく知っているな」


 彼女の流暢な日本語には驚かされたが、それ以上に、俺の持っていた一〇五式火炎放射器について詳しく調べていることに、驚嘆させられた。


 この女、何者だ?


 長い金髪を櫛でまとめて、髪の毛の向きをキッチリ同じ方向に揃えている。パッと見は、外資系企業に勤める有能な社長秘書といった外見で、相当仕事は出来そうだ。よく見ると、フレームの細い洒落た眼鏡をかけている。


 自然体で滲み出る有能そうな雰囲気が、そのまま信頼の証となっている。


 彼女に害意はないように感じられた。


「そちらへ寄っても?」


 伺いを立てられ、俺は黙って頷いた。つい了承してしまった。


「では」


 彼女は姿勢を崩さないまま、軽やかに俺の目の前まで距離を詰めてきた。


「申し遅れましたが、私はこういう者です」


 差し出された名刺を受け取る。


 そこにはこう書いてあった。


 Serial Killer Alliance

 Lily Miller


「シリアル・キラー・アライアンス。リリィ・ミラー?」


 理解不能な状態で、ひたすら首を傾げている俺に、リリィは微笑みかけた。


「詳しいことはこれから説明しますが、まずは今晩あなたとコンタクトを取った理由について、簡潔に要件のみお伝えします」


 微笑みつつも、リリィの目がどこか冷たい色を帯びた。


「風間ユキは狙わないで頂きたいです」

「……なに?」

「あれは大事な“道具”です。我々の企画に必要なのです。だから今後一切、手を出さないと誓ってください」

「待て、意味がわからない」

「では聞いてください。とりあえず座って」


 彼女に促され、俺はその場であぐらをかいた。リリィ自身は正座をする。ブレなく腰を落とし、日本人以上に綺麗な座り方だった。


「これが私たちシリアル・キラー・アライアンスの案内です」


 ブリーフケースからパンフレットを取り出し、地面に置く。


 手に取って内容を読み始めると、彼女は説明を開始した。


「現在、世界には数多くの連続殺人鬼が存在します。日本でもたまに現れますね。新聞を賑わせるような、いわゆる凶悪犯が」

「ああ」

「私たちは」


 リリィは、俺の顔を覗き込んでゆっくりと語りかけてくる。


「そんな連続殺人鬼たちの手助けをする集団なのです」


 なんだと?


「人を馬鹿にするのも大概にしろ」


 俺はドスの利いた声を出して、彼女を睨みつけた。


「なんの得があって殺人鬼に手を貸すんだ。あり得ない」

「あなたの常識による決めつけは宜しくないですよ」

「常識非常識の問題ではないだろ。筋が通っていない。理屈に合わない。連続殺人鬼の援助なんてして、誰が得するんだ」

「私たちは、殺人鬼の皆様から、ちゃんと会費も納付頂いております」

「犯罪行為に加担することは、人間社会に対する反逆だ。そもそも殺人鬼に力を貸すことで得られる見返りなんて、たかが知れて――」

「上得意様のご利用もあり、日本円にして、年間で二百億円近くの利益を上げています。それがどれだけの金額か、あなたには想像出来ますか?」

「二百億……」


 信じられない。


「私たちの顧客には、一国を担う権力者もおります。誰もがその名を知る大企業の社長も。そして立場が重ければ重いほど、人を殺すにはリスクを伴う。誰かの協力なしには人ひとり殺すことすら出来ない。でも彼らにとって、殺したい時に人を殺せない苦痛が、どれほどのものか――同じ連続殺人鬼であるあなたには、わかるのではないですか?」


 もしも俺以外の連続殺人鬼も、形は違えども、俺のように人を継続的に殺し続けなければ心身が休まらない人間だったら?


 周りの環境が殺人行為を許してくれないような人間だったら?


 どうやって苦しみを取り払う?


「人は、肉体的な病症に対しては寛容です。ところが精神的な病症に対しては、軽視しがちです。肉体が病に冒されていれば、すぐに病院へ行くことを勧めるでしょう。しかし心が病に冒されている場合は? 人はなんと言うでしょうか?」

「……」


 俺には、その答えがわかっている。


「『我慢しろ』です。人は、自分が理解出来ないものには、排除という手段しか取れない生き物です。ましてや他人の心の中の苦しみなど、誰にも理解出来ない。それがどれほどの苦痛であり、激痛であり、肉体が冒されるのと同様、どれだけ命を削るものであるのか、他人には感じ取れないから」

「ああ、よくわかる」

「私たちは、そのような苦痛を味わっている殺人鬼たちを救うために、このシリアル・キラー・アライアンスを発足しました」


 俺の手からパンフレットを抜き取り、リリィはあるページを開く。


 サンタクロースのような白ひげを生やした、恰幅のいい老人が写っている。一目見て彼がトップの人間であるとわかった。


「この人物は現会長のゼブル氏です。世界中の恵まれない連続殺人鬼たちに愛の手を――がモットーです」


 悪い冗談だ。


 これは悪い冗談としか思えなかった。


 だがリリィは本気だった。


「例えば、あなたのような苦しみを抱えている人間に安楽を提供する――あなたが望んだ時に犠牲者を用意し、あなたが殺人をしやすいようにお膳立てをし、スムーズな殺人を実現させる。それこそが我々の活動の特徴なのです」


 やめろ。


 俺はかぶりを振った。聞きたくない。甘美な響きを伴って聞こえてくるのが、また俺を苛立たせる。こんな女のたわ言など、まともに受け取ってはならない。


 自分が人を殺したい時、問題なく実行出来るように、全て手配してくれる?


 それが本当ならば俺は――


 いや――


 駄目だ。聞いてはならない。


 “その一線”を超えてしまったら、俺は本当に人間ではなくなってしまう。何も感じないで、同じ人間を狩るだけの、狂ったハンターとなるだけだ。


「そして話を元に戻しますが――活動内容の詳細については、またお話しするとして――風間ユキのことです」

「彼女がなんだ」

「私たちは、年に一回、イベントを行っております。日ごろ高いお金を払ってくださっている会員の皆様方に、恩返しをするための、とても楽しいイベントを」

「イベント……?」

「その名称は、『マンハント』です」


 くすくす。


 リリィは、何がおかしいのか、口に手を当てて笑った。


「我々が独自に定めたターゲットか、あるいは会員の方から推薦のあったターゲットを殺害する――それが、『マンハント』の趣旨。毎回毎回、実に刺激的なターゲットが殺人鬼たちに提供されます。昨年、ある国の独裁者が暗殺されたのをご存知ですか? あれは我々のイベントで殺されたのです」

「人の命を、なんだと――」

「あなたに言われたくありませんね」


 そりゃそうだ。


「そして、ここからが重要ですが――『マンハント』では、より難易度の高いターゲットを選ぶことが求められます。なぜなら、これはゲームだからです」

「ゲーム、だと……?」


 ますます不愉快に感じる。


 俺は遊び感覚で人を殺したりしない。いつだって真面目だ。狩りと思うのはもってのほかだ。


「ええ。ターゲットを先に殺せた人間には、一年間の会費免除と、さらには賞金が出されるのです。好みのターゲットでしたら、その後死体を持ち帰って、家の装飾品にするなり、あるいは食材にするなり、優勝者の好きにして構いません。とにかく腕に覚えのある殺人鬼たちは奮って応募する素敵なイベント――それが、『マンハント』なのです」

「で、今年のターゲットが――」

「ええ、風間ユキなのです」

「これは邪推かも知れないが、1ヶ月前にリーファが殺されたのは」

「間違いではありませんよ。リウ・リーファを放っておいたら、風間ユキを殺してしまいかねませんでした。そのため、妨害するために、リウ・リーファを襲ったわけです」

「よくも平気で無関係な人間を」

「あなたも」


 リリィは口の端を吊り上げた。


「あなたも罪のない人間を焼き殺しているではありませんか」


 怒りで震えていた肩から力が抜ける。


 そうだ。


 今の俺には何も偉そうなことは言えない。言う資格がない。


「まあ聞いてください。まだまだ話には続きがあるのですから」


 リリィはさらに、『マンハント』の説明を続けた。

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