第19話 逃せないチャンス

活人形:

『で、さあ。要件は簡潔に伝えてね。

 無駄な話はしたくないんで。』


 顔文字が消えた。

 余計な顔文字を打たない分、本来の会話に集中しようというのだろう。


タイスケ:

『その前に報酬はどうすればいい?

 現金か情h』


活人形:

『要らないよ。』


タイスケ:

『ばかな。』


活人形:

『初回は無料。

 その代わりひとつだけだよ。

 それ以上聞きたいときは、お金か情報ちょうだいね。』


タイスケ:

『わかった。』


 倉瀬は一度キーボードを叩く指を止め、考えてみる。


 聞き出せる情報はひとつだけ。一〇五式火炎放射器に関する話も気になるが、それは実際のところマッドバーナーの正体を探り当てるための外堀を埋める行動に過ぎない。


 もしリビングドールがマッドバーナーの正体を知っているなら?


 もしかしたらマッドバーナーについても詳しく調べているかもしれない。倉瀬のような、いち刑事の情報まで把握していたくらいだから。


活人形:

『どうしたの?

 あんまり長く接続してたくないんだ。

 早く聞いてよ。』


 最初に長々と文章打ってきた本人がよく言うな、と倉瀬は苦笑する。


タイスケ:

『その前に、確認だ。

 お前さんが知らない情報を聞いたら、どうなる?

 聞いただけで無料サービスは終了か?

 たとえお前さんが答えられなかったとしt』


活人形:

『ちゃんと情報を提供できた時点でカウントするよ。

 ボクの知らない情報だったらノーカンでいいから。

 で、何を聞く?』


ならば質問することはひとつだ。


タイスケ:

『マッドバーナーの正体を教えてくれ。

 知ってるか?』


 しばし空白の時間。


 なぜかリビングドール側の画面では、テキストエディタ上のカーソルが点滅したまま、次の文章がなかなか打たれない。


(おい、どうした?)


 人には「急げ」と言いながら、自分は長考で待たせる。ただ知っている、知らないを回答するだけなのに。


 倉瀬がイライラし始めた時、やっとリビングドールは文字入力を再開した。


活人形:

『知ってる。』


 倉瀬の心臓の鼓動が早くなる。


 こんな簡単に?


 誰も知らないはずのマッドバーナーの正体を、このネットカフェで数行文章を打っただけで、手に入れようとしている。倉瀬は自分が担がれているのではないかと思い、にわかには信じられなかった。


活人形:

『でも教えたくない。』


 倉瀬は硬直した。


タイスケ:

『なぜ?』


 かろうじて、それだけは問いかけた。


活人形:

『あんま言いたくないけどフェアじゃないから話そうかな。

 ちょっと特殊な関係でね。

 ボクはあいつだけは売りたくないんだ。』


タイスケ:

『家族とか、恋人とか?』


活人形:

『その質問って、さり気にボクの正体も探ってるよね?』


 確かに。


 マッドバーナーとの関係を問うということは、いつかマッドバーナーを逮捕するであろう時に、あわせてリビングドールの正体も判明してしまうということになる。そもそも本来ならマッドバーナーと何か関係があるということだって、リビングドールにとってはかなり際どい情報になるはずだ。


タイスケ:

『すまない、正体を探るつもりはない。』


活人形:

『ま、悪意がないのは、わかってるけどね。

 お爺ちゃんを信用してないわけじゃないけど。

 さすがにこれ以上のことは教えらんない。』


 信用してないわけじゃない――とリビングドールは言ったが、リップサービスのようなものだろう。仕事上必要でなければ、余計な情報は流そうとしない。結局のところ誰であろうと信用していないようだ。


 一方でマッドバーナーとの繋がりを正直に告白するなど、筋の通った一面もある。ある程度は信用しても良さそうだ、と倉瀬は思った。


タイスケ:

『ならば、どんなことなら聞いてもいい?』


活人形:

『どんなことを聞きたい?』


 倉瀬はふうと息を吐き、腕を組んで熟考する。


 また最初に戻って、とりあえず一〇五式火炎放射器について聞くか? いや、それでは折角のチャンスが活かせない。


タイスケ:

『ちなみに、有料だったら、マッドバーナーに関する情報はいくらになる?』


活人形:

『内容によるけど、相場の一割増しはいただくよ。

 てか、話さないって言ってるじゃん。』


タイスケ:

『いや、失礼。仮にの話なんだが。』


 そうか、一割増しか。


 倉瀬はいつも、赤城とは情報を交換する形で取引している。だから連続殺人事件の犯人に関する情報の相場はいくらになるのか、詳しいことはわからない。しかし、どんなに少なく見積もっても、倉瀬の年収の数年分には達するような予感がした。


 当然そんな金はない。今この場で有益な情報を聞き出さなければ、二度とマッドバーナーの情報を得る機会はなくなってしまう。まさか経費を申請するわけにもいかないだろう。


活人形:

『情報交換の場合は、相当の情報でないと応じないよ。

 大抵の情報は知ってるからね。』


 リビングドールのメッセージを見て、情報交換に一縷の望みを託していただけに、倉瀬は肩を落とした。


(たったひとつだけ。しかもマッドバーナーに繋がる情報は聞けない……)


 刑事としての立場を利用して脅しをかけてもいいが、万が一相手が報復行動に走って取り返しのつかないことになったら、自分の責任は重大だ。


 かと言ってこのチャンスを逃したくない。何年もマッドバーナーを追い続けて、定年退官を迎えようとしている今日この日になって、やっと掴んだ大きな機会なのだ。


 倉瀬は決断した。


タイスケ:

『なら、一〇五式火炎放射器について教えてくれ。』


活人形:

『うん、それならいいよ。』


 最終的に、当初の目的通り外堀から埋めていく方法を採択した。


 ネットの向こうにマッドバーナーの正体を知っている人間がいると思うと、実にもどかしい気分だったが、相手が手の届かない場所にいる以上他にどうしようもない。


 まずは藤署長が教えてくれたマッドバーナーの風聞……奴が使っていると噂のある一〇五式火炎放射器について詳細を聞き出す。そうやって一歩ずつ着実に進むしかない。


活人形:

『で、一〇五式火炎放射器の、何について知りたい?』


 倉瀬は天井を見上げて思考に入り、質問内容をよく錬ってみる。


 やがてキーボードを打ち始める。


タイスケ:

『なぜヤクザたちは一〇五式火炎放射器を探し求めた?

 ただの伝説ではないのか?』


 すぐに返事が戻ってきた。


活人形:

『一〇五式火炎放射器は実在する兵器で、SKAが作ったものだからだよ。』


タイスケ:

『SKA? なんだそれは』


活人形:

『質問が二つになってるよ。』


 画面に集中していた倉瀬は、リビングドールに指摘されてハッとなった。

 ここで早くも情報提供は打ち切りらしい。


 もっと聞き出したいことは山ほどあるが、あさましい態度を取ってもなんの得にもならない。


 倉瀬は耐えることにした。が、このまま終わるのも癪に障る。


 倉瀬はちょっとした悪戯心を起こした。


タイスケ:

『お前さんの方から聞きたいことはないか?』


 これは単なる質問ではない。


 相手の質問内容から類推して、リビングドールがどんなタイプの人間であるかを分析してみようという考えだ。ベテラン刑事の倉瀬だからこそ出来る意地悪である。


 リビングドールが文字を入力し始めた。


活人形:

『質問て言うかさあ(・vv・)』


タイスケ:

『ああ。』


活人形:

『お爺ちゃんさ、入力形式見てると、ローマ字入力してるよね。

 (゚ー゚*?)オヨ?


 お爺ちゃんくらいの世代の人って、基本的にカナ入力じゃん。

 d(‾ ‾)ダヨネ?


 それなのにローマ字入力で、しかも結構早い。

 (ノ゚⊿゚)ノビックリ!!


 だけど、お爺ちゃんは普段パソコンを使う仕事はしていない。

 (‾~‾;) ウーン


 なのに、タイピングは手慣れている。

 てことは……

 σ(‾、‾=)ンート···』



「……」



活人形:

『そっか、始末書!

 お爺ちゃん、いつも始末書ばっか書いてるんでしょ!

 だからパソコンで文字打つのだけは慣れてるんだ!

 そうだったそうだった、お爺ちゃんって危ないデカだもんね。

 いっけないんだぁ! 悪いお爺ちゃん!

 ((ヾ(≧∇≦)〃))キャハハ!! 』



「……」



活人形:

『ま、今後ともよろしくね。

 バイバーイ。

 ☆チュ(^·^*) 』



 直後、リビングドールのウィンドウが画面上から消え、代わりに日本人形の写真が所狭しと表示される。


 すぐにパソコンはクラッシュして画面が黒くなった。


 電源を入れ直しても、真っ青な背景に文字が浮かぶだけ。おそらく全てのデータが消えてしまった。通信に使われたアドレスなどの情報も含めて。


「あの野郎……」


 リビングドールは何もかもお見通しだった。


 警察で無茶ばかりしていた倉瀬は、その無茶の数だけ始末書を書いてきた。昔は手書きだったが、ここ数年は効率化を図るため、部下に教わってパソコンで作成するようになっている。


(奴について探りを入れるつもりが、かえって私のことを分析されてしまうとは……)


 最後の最後まで翻弄されっぱなしだった。


 ブースを出た後、受付で支払い精算の際、


「すまん、パソコンが壊された。あとで署に修理費の領収書書を送ってくれ。こっちで負担する」


 と署の住所をメモして渡した。


 署長は苦い顔をするだろうが、パソコンを壊して知らん顔するわけにもいくまい。


「ええ!? お爺さん、警察だったんですか!」


 受付の店員は、最初に倉瀬をブースまで案内してくれたあの気弱そうな青年だった。


「凄腕のハッカーを相手にしていてな」

「マ、マジっすか!? かっこいい!」


 急に青年はノリがよくなる。


「何が、『かっこいい!』だ! お前の店の備品を壊されたんだろうが!」


 倉瀬は青年を叱り飛ばした。


 青年は途端に下を向き、それ以上余計なことを口走ることはしなかった。


「言葉には気をつけなさい。まったく」


 倉瀬は釣り銭を取り上げると、店を出た。


 ひとまず署に戻って署長と話をしたかった。

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