第18話 LIVING DOLL―活人形―

 十条のアパートを脱出した後、倉瀬は赤城を連れて、埼京線で新宿まで移動した。


 西口改札を出てからヨドバシカメラの前にあるルノアールへと入り、二階の窓際の席に座る。


 赤城は窓の外を何度も確かめていたが、


「心配しなくても、ここまで追いかけては来ない」


 と倉瀬に諭されて、納得した様子ではないものの、窓から目を離した。


「さて」


 コーヒーを口につけて、ふぅと息をつき、倉瀬は身を前に乗り出した。


「続きを聞かせてもらうぞ」

「ええと、どこまで、話していましたっけ」

「一〇五式火炎放射器の話だ。神秘的な噂が何だとか言うから、それについて教えてほしいんだ

がな」

「そうそう。そうでしたねえ。そんな、長い話でもないんですけどね」

「なら手短に教えてくれ」

「要は一〇五式火炎放射器には神懸かった力があるという話なんですよ」

「神懸かった?」

「通常、火炎放射器っていうのは連続で噴射したら十秒程度で燃料切れになっちまうんです。ところが一〇五式火炎放射器は何百回放とうと燃料が切れることはない。無限に焼き続けることの出来る悪魔の武器だっていうんです」

「大阪でマッドバーナーと対決した時は一度も炎を放ってこなかった。あれはすでに人を焼き殺していたから、燃料切れを起こしていたのだと思ったが」

「本気にしないでくださいよ。そんな兵器があるわけないでしょ」

「失礼。なんだかややこしいな。どこまでが真実でどこからが作り話なのか……」

「だから一時期ブームみたいになって、ヤクザがこぞって一〇五式火炎放射器を追い求めたのは、何かに憑かれていたとしか言いようがないんでしょうねえ。そんなありもしない武器を探して右往左往して――」


 赤城はそこで言葉を切った。


 倉瀬が険しい表情で窓の外を見つめているから、気圧されたのだろう。


 やがて倉瀬は口を開いた。


「お前、まだ何か隠しているな?」


 沈黙。


 赤城は唇をしきりに舐めている。暗に倉瀬の問いかけに肯定的な答えを返しているようなものだ。


「やはりな」

「わかりますか?」

「当たり前だ。刑事を誤魔化せると思うな。話を肝心要の部分から逸らそうとしていることくらい、すぐにわかる。私が最終的に聞きたいのはそんな眉唾物の都市伝説ではなく、マッドバーナーにつながる話だ。そのためのネタとして一〇五式の話を持ってきただけだ。それなのにお前さんは意図的にそこから話題をずらそうとしていた。違うか?」

「なんでそう思ったんで?」

「それだけ私はお前さんを買っているということだ」


 倉瀬はコーヒーに口をつけた。


「お前さんは情報については嘘をつくような真似はしない。また情報の売買については確かなポリシーをもって行動している。適切な情報を常に提供してくれる。だから信用しているんだ。そんなお前さんがわけのわからない都市伝説を熱心に語っているとなれば、これは本当に何も知らないか、真実から目を逸らそうとしているか、どちらかしか考えられない」

「……あの、倉瀬さん。取引しませんか?」

「なんだ」

「あたくしもね、こればかりは細かい話はしたくないんですよ。どうしても話せというのなら、もっと足のつかないような何を話しても問題ない情報屋に聞いてもらうのが一番ありがたいんですが……」

「“何を話しても問題ない情報屋”?」

「いえ、ね。『リビングドール』って情報屋、知りませんか? 知りませんよね。だって知る人ぞ知る奴なんですが、顔を見せたことも無ければ、声を聞かせたこともない。ネットを介して淡々と情報を送るだけの不気味な奴でしてね――」

「ネットはもう勘弁してくれ」

「でも、奴は特別ですよ。普通の一般人が趣味でパソコンいじるのとはわけが違う。これまた噂で恐縮なんですが、話によると、奴を怒らせると核爆弾が飛ぶっていう――」

「都市伝説の話も、もういい」

「それが……ネタ元は言えないんですが、けっこうマジみたいです。あるハッカーが、『お前の正体を暴いてやる』って、リビングドールとの最初の取り交わしを無視して、向こうから送られてきた電子メールだとかIPアドレスだとか、色々な情報を色々な方法で解析しようとしたらしいんですよ。ですが、そうやってリビング・ドールの正体をもう少しで暴けるか、って時に――」

「どうなった?」

「そのハッカーが画面上のOKボタンをポチッと押した瞬間……同時刻に、北朝鮮の核ミサイルが発射されたんです」

「……」

「ほら、昔大騒ぎになった、最終的に海に落ちたから大丈夫だった北朝鮮のミサイル発射事件。あれ、表面上は北朝鮮の核実験の一環ってことで終わってましたけど、さすがに本当のことは言えなかったんでしょうね。まさか何者かがネットワークに侵入してミサイルを発射させたなんて」

「馬鹿馬鹿しい」


 倉瀬は冷ややかな目で、興奮気味に語る赤城を眺めている。


「で、そのリビングドールという奴を紹介するから、そいつから一〇五式火炎放射器の話は聞き出せ、と。そういうことか?」

「そうです。今後のことを考えると、あたくしよりもリビングドールの方が遥かに優秀ですし、役に立つと思うんです。それにあいつは自分の正体がバレないから、逆にクライアントを売るような真似もしませんし。求められた情報以外を提供することも無ければ、求められた情報について隠し事をするような真似もしない」

「お前さんとはえらい違いだな」

「そう嬲らんでくださいよ。あたしだって人間ですから、恐いものは恐いんですよ……とにかく一〇五式火炎放射器についてもっと具体的なことは、そいつから聞いてもらえませんか?」

「今のままでは、『一〇五式火炎放射器について知りたい』と非常に曖昧な質問しか出来ない」

「つまり、もうちょっと細かいことを教えろ、と」

「そうだ」

「すんません、無理です。ほんと無理です」

「どうしても言えないのか」

「あんたが警察だから」

「わかった。繊細な話題であることはよく理解できた。その情報屋に会おう。どうすればいい?」

「……会えませんって、だから」

「ネットなんかでコソコソ話すのは性に合わない。会う。会わせろ」

「会えないんですよお。無理ですよ。どうしても会いたいなら、頑張ってパソコン使ってネットで話してくださいよ」

「……」


 倉瀬は文句を言いたいのをグッとこらえて、コーヒーを一気飲みし、全て胃の中へと流し込んだ。


 もうどうとでもなれ、の気分だった。


 その後、赤城に雑司ヶ谷一家殺害事件の犯人の情報を教えてやり、逆に赤城の方からリビングドールとコンタクトを取るためのメールアドレスを教えてもらうと、すぐに店を出た。


 近くにあるネットカフェへと入る。


 スマイル満面の店員が、ポイントカードを発行するか、ゲーム機は利用するか、などとややこしい話を振ってくるので、「知らん」とぶっきら棒に言った。


 相手は青くなって黙ってしまった。


「ちょっとパソコンを使わせてもらうだけだ。余計なことはいらんから、さっさと案内してくれ」

「は、はい」


 強面の倉瀬にすっかり萎縮してしまったのか、店員はオドオドと頼りなさげに歩きながら、倉瀬をブースまで案内していった。そして倉瀬が席に座るのを見届けると、役目は終わったとばかりいそいそ退散しようとしたが、ふと思い出したように引き返してきて、ブースの陰からそっと顔を出した。


「あのう、お飲み物はセルフサービスになってますんで――」

「飲み物なんか、いらん。用が済んだらすぐに帰る」

「はい、すみません!」


 店員はブースから急いで離れていった。


「さて……スイッチはどれだったかな」


 パソコンを前にして試行錯誤し、なんとか電源を見つけ起動させると、赤城に教わった通りにインターネットブラウザを開き、Webメールの管理画面を開く。


 IDとパスワードを入力し、赤城に教えてもらったダミーのメールボックスへと入っていく。


 ボックス内には何もメールが入っていない。


「アドレスは……と」


 メールの新規作成を選び、リビングドールと連絡を取れるアドレスを打ち込んでいく。


 用件欄には赤城の指示通り、「頬に映りし三日月夜の活人形」と意味不明な文言を打ち込み、内容欄は空白のまま送信ボタンを押した。


 わずか1分もしないうちに返信が来た。


 開けてみると、どうやらリビングドール本人からのようだった。


《赤城徳三から携帯メールで連絡あったよ。お爺ちゃん、倉瀬泰助さんだっけ? よく知ってるよ。大阪でマッドバーナーと繰り広げた死闘、すごかったね。ライブカメラで見させてもらってたよ。あの後、奥さん心配してたよ。友達の前で「夫が生きててよかった」て泣いてたそうだから、大事にしてやんなよ。ともかくボクはお爺ちゃんのファンなんだ。今後ともよろしくね》


 倉瀬は、その文面を見て、ぽかんと口を開けた。


 おしゃべりだ。


 信用ならないくらいおしゃべりだ。


 だけど、気持ち悪いくらいにこちらの情報をよく知っている。その腕と情報力の確かさは信用してもよさそうだ。


 情報屋というよりも、ネット犯罪者と呼んだ方が正しいような気もするが。


《こちらこそよろしく》


 倉瀬がさらに返事を送ってやると、突然パソコンの画面にウィンドウが現れた。説明がなければパソコンのことなど何もわからない倉瀬には、何が起きているのかさっぱりわからない。エラーかと思ったが、どうやらリビングドールが遠隔操作しているらしいことだけはわかった。


 とにかく倉瀬は難しいことは考えず、ただ相手に全てを任せて、準備が出来るのを待っていた。


 出現したウィンドウの中には、どこか別の場所にあるパソコンの画面が表示されているのだろうか。倉瀬にはどんな用途で使うのかわからないアプリケーションのアイコンが10個ほど並んでいる。ウィンドウの中にカーソルが現れ、アイコンのひとつを選択した。テキストエディタが起動し、やがて文字が打ち込まれていく。




活人形:

『改めまして。

 (*^o^*)コ(*^_^*)ン(*^ー^*)ニ(*^ー^*)チ(*^O^*)ワーー!


 リビングドールでーす。


 それじゃあ、さっそく仕事の話しようか?


 そっちの画面でテキストファイル開いて文字打ち込んでくれるだけでOKだから。

 こっちから、そっちのパソコンの画面は見えているんだ。


 あ、そのファイルは保存しないでね。

 見えてるからそんなことするとすぐわかるよ。


 保存するようだったら即商談は終り。

 (▼皿▼#)ユルサン!!


 最悪、報復しちゃうか・も・ね♪

 c(>ω<)ゞ イヤァ〜


 情報は残したくないんだ。


 もしカメラでこの画面撮影していたり、録画していたり、専用ソフトでキャプチャしたり、とにかくボクにとって不利益になるようなことをしたり、してたことがわかったら、容赦なく殺すからね。


 わかる?


 殺すからね。

 w▼‾□‾;▼!ギャァー


 お互い紳士でいきましょうね。


 あ、他、わからないことある?

 あったら、遠慮せずに聞いてね、お爺ちゃん。

 (*‾ー‾*)ウフフ 』




 ものすごい早さで打ち込まれていくリビングドールの文章。


 やたら顔文字が間に入っているのが鬱陶しく、そのことについて文句を言いたかったが、倉瀬はそれどころではなかった。


 まずテキストエディタを開くのに苦労しているのだ。


 リビングドールは待ちくたびれたのか、嫌味の文章を打ってきた。




活人形:

『┐(‾ヘ‾)┌ ヤレヤレ···


 あーあ、先が思いやられるなぁ。

 (;´Д`A ```


 がんば、お爺ちゃん。

 ヽ(〃^・^〃)ノ チュッ♪ 』




(こいつ、今この場で警察に突き出してやろうか)


 倉瀬は青筋を立てながら、ようやく画面左下のメニューからテキストエディタまでこぎつけ、文字を入力できる状態まで進めることが出来た。


(なんて疲れる奴だ……)


 しばらく、このうるさい奴と話し続けるのかと思うと、気が滅入ってくる。


 とにかくこれでようやく情報屋リビングドールから話を聞き出せる状態になった。そう思うと、倉瀬はキーボードに乗せた指に知らず知らずのうちに力を込めていた。

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