第16話 横須賀米国海軍兵焼殺事件

・横須賀米国海軍兵焼殺事件(昭和20年9月30日)


 横須賀に米国海軍施設が接収された同月の末日に、当時横浜在住の女性風間ナオコ(事件当時49歳 日本人)が、米国海軍兵アーサー・ヘイゲンを密かに所有していた火炎放射器で殺害。


 その後廃ビルに立て篭もるも、自らガソリンを被り焼身自殺。動機は不明であるが、息子を特攻隊で亡くしており、その復讐のためであったと言われている。その後の調査で、敗戦直後から海軍兵焼殺事件まで、横須賀、横浜を中心に日本人の連続焼殺事件が相次いでおり、これも風間ナオコによる犯行との説が有力。ただし米国海軍兵と違い、日本人を焼殺する動機はないとし、同一犯説を否定する者もいる。なお、風間ナオコが火炎放射器を入手したルートはいまだに判明していない。




「これは――!」


 火炎放射器による焼殺事件。まるでマッドバーナーを連想させるような内容だ。


「あたしもね、マッドバーナー事件が本格的に始まった6年前から、この横須賀の事件との関連性には注目してたんですよ。そもそも一〇五式火炎放射器について調べているうちに、この事件に辿り着いたんですが、どこかマッドバーナーと通じるものがあるな、と。で、今日あんたから、ネット上でマッドバーナーと一〇五式火炎放射器を結びつける噂が流れていると聞いて――妙だな、と」

「奇妙なものを感じるな」

「明らかに人為的なものを感じるんですよ。誰かが意図的に情報を操作して、怪人マッドバーナーと一〇五式火炎放射器をリンクさせようとしている、ような……」

「ところで、なんで一〇五式火炎放射器について調べていたら、この横須賀の焼殺事件へと辿り着いたのか、それについても興味があるんだが」

「お、食いついてきましたね。教え甲斐があるってもんです」


 情報屋はほくそ笑む。


「これだけじゃあほとんど関連性は見出せない。せいぜい時代背景が終戦直後ってことと、火炎放射器、ってことぐらいしか共通項はない。普通には辿り着けないでしょうな。ところがですよ、一〇五式の話が裏社会で出回り始めた時期を見ますと、面白い符号が見られるんですよ。その時期ってのは今から30年前なんですがね」

「よくわかったな」

「30年前にあるヤクザの組長が若頭宛てに送った手紙で、『最近やたらと一〇五式なる兵器の話を耳にするようになったが』と書いていましてね。その手紙がちゃんと残っていて、あたしはちょっとしたコネでその中身を読ませてもらったんですが――とにかく、そこから少なくとも30年前には一〇五式の話が出回っていたことがわかります」

「そして?」

「で、あたしはその30年前ってところに注目しましてね。もしかして当時、一〇五式の話が広まるきっかけとなったような大きな事件があったんじゃないかって」

「あったのか?」

「あったんですよ。昭和53年の12月24日、クリスマスイブの日に。おまけに横須賀焼殺事件と深い関わりがあるんでさ。その横須賀の事件で殺された海軍兵アーサー・ヘイゲンに息子がいましてね。そいつが父親の復讐のため、風間ナオコの孫娘の家を襲撃し、ほとんど全員皆殺しにしたんですよ」

「殺しの連鎖か……」

「その殺し方ってのが、またエグくて、ナイフで滅多刺しにして死なない程度に弱らせた後、ロープで縛ってガソリンをぶっかけて、火をつけて殺すってやり方でさ。結局、騒ぎを聞きつけた近所の住人が助けに入って」

「生存者は?」

「当時9歳の長男が一人。風間ナオコのひ孫に当たりますね」

「長男? 次男もいたのか?」

「いましたけどね、当時まだ生まれたばかりの赤ん坊が。犯人は逃げる時、その次男坊を人質にして、まんまと脱出してしまいましたからね。生きているとは到底思えませんぜ。いまだ犯人は捕まっていませんし」

「そうか……」


 痛々しい話だ。


「で、その昭和53年当時は、ニュースや新聞で大騒ぎだったそうですよ。例の横須賀の事件まで取り上げられて」

「なるほど。その印象が強くて、色々な尾ひれがついていく内に――どこから手に入れたのかわからない火炎放射器を使って米兵を殺害した風間ナオコの話へとつながり――いつしか一〇五式火炎放射器という秘密兵器の話へと発展していったと」

「最初の頃は、戦前に製造されたって話が回っていたみたいなんですがね。GHQだの米軍だの、横須賀の事件を連想させるような説は、最近になってから出てきているんです。おそらく背景には昭和20年の横須賀事件と、昭和53年のその報復殺人事件が、大きく影響しているんでしょうな。おそらく風間ナオコのことも結びついて語られていたんでしょうが、次第に年月を経る中で変容して、火炎放射器と戦後とGHQというキーワードだけが残され、現在の一〇五式火炎放射器の伝説が形成されていったと」

「非常によくわかった。だが、一点だけ説明が抜けているぞ」

「へえ、なんでしょう」

「お前さんは、さっき、『神秘的な話』がどうのこうのと言っていた。一〇五式火炎放射器にはまだ他の逸話があるんじゃないのか」

「ああ、そうそう。肝心のことを話していませんでしたねえ。じゃ、いよいよ本題に入りますか」

まだ本題じゃなかったのか――倉瀬は気が遠くなった。

「それより、倉瀬さん」

「ん?」

「気になりませんか」

「何がだ」

「やれやれ、歳を取ると、名刑事もモウロクしちまうんですかね。さっき、あたしも自分で言っててハッとなったんですが、何か気が付かないんですかい?」

「気が付く、とは――」


――昭和53年の12月24日、クリスマスイブの日に


――ロープで縛ってガソリンをぶっかけて、火をつけて殺すってやり方で


「!!」

「遅いですよ。昭和53年の報復事件もクリスマスイブの日なら、マッドバーナーが現れるのもクリスマスイブ。つまり?」

「二つの事件には関連性が――!?」


 と、倉瀬が驚きの声を上げた瞬間。


 ガシャン! と窓ガラスが割れ、拳大の石が室内に飛び込んできた。

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