第15話 都市伝説にあらず

「言っときますけど、その絵はあくまでも想像図ですぜ。実在の設計図でもなけりゃあ、実物を見て描いた絵でもない。誰かが想像して描いた絵だ」

「根拠は何もないのか?」

「一〇五式火炎放射器は、裏社会版都市伝説みたいなもんです。ちょうど鮫島事件のような」

「鮫島事件?」

「ありゃりゃ、倉瀬さん。もっと俗世のことを知らないと」

「すまんな物を知らなくて」

「鮫島事件っていうのはですね、噂だけが一人歩きしている都市伝説ですよ。ネットの掲示板などで、誰かがその話題をすると、『鮫島事件だけはやめとけ』と止められたりとか。その中身は誰も知らないし、まず実在しないと思われるのに、鮫島事件、て名前だけが一人歩きして語り継がれている」

「ただの噂にしては不気味だな」

「そう、そこです。その、ただの噂、ってところがキモでしてね。えてして存在が立証されないものってのは、逆に“存在しない”ことも立証されない。本当に噂止まりの情報なのか、真実を含んでいるから流れている話なのか、誰にも判別つかんのですよ。で、一〇五式火炎放射器も、同じようなもんでしてね。誰も見たことがない、存在も証明されていない、それなのに気が付いたら裏社会で一時期はえらいブームだったんですよ。今じゃあ下火ですがね、流行っていたときは、ヤクザがこぞって探したもんです」

「探した? 何を? まさか、その火炎放射器をじゃあないだろうな」

「大当たり」

「正気か?」

「中国の皇帝は不老不死の方法を探しましたし、あのヒトラーだってロンギヌスの槍やら聖杯やらを探し求めた、って逸話がありますからねえ。人間、正気であっても神秘的な話には弱いもんですよ」

「神秘? どういうことだ?」


 そこで情報屋は手の平を差し出した。金をせびるポーズ。ここからは有料、ということだ。


「雑司ヶ谷一家殺害事件の進捗状況でどうだ」

「どこまで」

「犯人を割り出した」

「いいですねえ。ちょうどその情報を欲しがっている客がいましてね」

「そうか」


 倉瀬の良心が痛んだ。


 雑司ヶ谷の担当と懇意にしているから得られた情報を、その担当を裏切る形で情報屋に流してしまう。しかも情報を欲しがっているのは、犯人か、復讐者か。どちらにせよ良い結果は生みそうにない。


「ま、そう暗い顔せんでくださいよ。情報を活かすも殺すも人次第でさ。横流ししたところで、手に入れた相手が駄目なら、何もないまま終わっちまいます」

「ならいいんだが」

「そんじゃ、あんたは信用できるから、先にこちらから情報渡しましょうかね」

「頼む」


 すぐに情報屋はキーボードを打ち、パソコンの画面を切り替えた。


 先ほどの火炎放射器の絵は消え、替わりにテキストファイルが開かれる。それは一〇五式火炎放射器に関する情報をまとめたものだった。いくつもの長い文章が段落分けされ、箇条書きになっている。いや、一文一文が長過ぎて、もはや箇条書きのレベルではない。


「ここで全部読んでいたら時間かかるんで、要点だけ説明しますぜ」


 画面上の文字を指で追いながら、情報屋は内容を整理し、説明を始めた。


「まず、一〇五式って意味からですが」

「皇紀2605年に製造開始した、という意味だろ」

「知ってましたか」

「馬鹿にするな。で?」

「皇紀2605年は昭和20年。その年の8月に終戦ってわけで、当然、一〇五式火炎放射器は敗戦間近の日本が製造したものだと思われていたわけです」

「実在すれば、だろ」

「ところがここで新説の登場ですよ」


 情報を頭の中で整理し終わった情報屋は、もう画面を見る必要もなく、椅子をクルリと回して倉瀬と向かい合った。


「なんと、一〇五式は戦前に作られたのではない。戦後に占領軍――GHQが日本に作らせた、って説なんです」

「なんだそりゃ。馬鹿馬鹿しい」


 あまりのくだらない内容に倉瀬はフンと鼻を鳴らしたが、情報屋は真顔だった。


「そうやって切って捨てるのは簡単ですがね。問題は真実じゃないんですよ、真実じゃあ」

「どういう意味だ」

「あたしもね、最初は取るに足らない都市伝説の一種と思って、真面目に情報収集する気は起きなかったんですよ。でも、ある時から考え方を変えましてね。『表面上の噂の内容は置いといて、なぜそんな話が流布するのか、まずはそこから考えてみろ』とあたしの尊敬する情報屋に諭されましてね。ま、騙されたもんと思って、いっちょ調べてみますかと動いてみたら、これが予想以上に深くて面白くってね」


 椅子の向きを変えて、情報屋はインターネット用のパソコンを起動した。検索エンジンで「都市伝説」と入力し、検索結果のトップに出てきた辞書サイトへのリンクをクリックし、その詳細を表示させる。


「都市伝説っていうのはそれ単体では意味を成さないもんです。複数の要素が絡み合って整理されていく内に初めて伝説となる。また、大きな嘘の中に小さな真実が紛れ込んでいるから、いかにも本当のことのように聞こえる」


 ギシ、と椅子の背もたれに寄りかかり、情報屋は後ろを向いて倉瀬の言葉を待った。もうわかるだろ? と言わんばかりである。


 倉瀬は情報屋の言いたいことが理解出来た。


「つまり、一〇五式火炎放射器の噂には何かの真実が含まれている、と。そういうことなのか?」

「何かどころか、ハッキリ答えは出ていますよ」


 もう一度情報屋はデータベース用のパソコンへと向き直り、画面のある部分を指差した。


「ほら、この箇所」

「む」


 倉瀬はモニターを覗き込む。

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