第13話 一〇五式火炎放射器

「で、今朝、うちの交通課のネットに詳しい奴が面白い情報を持ってきたんですよ」

「どんな」

「大した情報ではないんで、心にとどめるくらいで結構なんですが」

「それは奴の使っている火炎放射器に関係していることかな」

「ええ。何かと言うと、『マッドバーナーが使っている火炎放射器は一〇〇式ではない』ってものなんです」

「……それがどうかしたので?」


 倉瀬は落胆した。


 多少の期待を持って話を聞いていたのだが、事件解決のための有益な情報とは思えない。そもそも情報の出所がネットという時点で、倉瀬は一切の信用をしていない。


(インターネットなんて当てになるか)


 今までずっとアナログな生き方をしてきた倉瀬は、妻の静江もパソコンには興味ないこともあり、現代のIT社会の波にはついて来れないでいる。情報とは足で稼いで得るものだと思っている倉瀬にとって、誰がどれだけの責任を持って書いているのかわからないインターネットの情報など、取るに足らないものと常に一蹴している。


「そう露骨にガッカリしないで聞いてください。確かに都市伝説の域を出ない幼稚な情報なんですが、しかしマッドバーナー自体都市伝説のような存在です。必ずしも馬鹿馬鹿しいと切り捨てられないと思いますよ」

「六年前の殺人が起きるまでは、あんたの言うとおり、マッドバーナーは都市伝説だった。今は違う。奴は実在する殺人鬼だ」

「そうです。仰るとおりです。でもこれをご覧になってください」


 藤署長は窓際に置いてあった封筒を取り、中から七枚のプリントを出して、倉瀬に渡した。


 何枚かめくって内容を確認した後、倉瀬は質問した。


「ネットの書き込みか」

「複数の掲示板サイトです。大手の掲示板もあれば、小規模な内輪の掲示板もある。何か気が付きませんか?」

「……その前に、私はこういうものの感覚がよくわからんのだが」

「つまり?」

「これを書いている連中の個人情報が洩れるようなことは絶対にないのか?」

「匿名か、ハンドルネームか、ですからね」

「ハンドル?」

「自分で付けるあだ名のようなものです。それこそ、ほら――『マッドバーナー』、なんて名を名乗っている人もいますよ」


 署長に指差された箇所を読むと、本当に、「マッドバーナー」の名前で書き込んでいる者がいた。あろうことか、「彼は神だ! この退廃した現代社会を業炎で焼き尽くす怒りの神だ!」


 と賞賛の言葉を書いている。


 倉瀬は胸にむかつきを感じた。


「割り出すことは可能です。でも案外書き込みしている当人は無頓着だと思いますよ」

「なぜ? 技術さえあれば個人を特定できるんだろ。それでも安心して書き込みをできるものか?」

「考えてもみてくださいよ。街角で無記名のアンケートをお願いされたとき、そこで提出したアンケートの筆跡を鑑定されて、自分まで辿り着かれてしまう――そんなことを考える人がいますか? もちろん、インターネットと、街角のアンケートは別物ですし、情報が洩れる危険度はまるで違う。でも、結局は同じことなんです。書く人は書きますし、書かない人はその気がないから書かない。それだけのことなんですよ」

「なるほど」

「何か思うところでも?」

「いや、ちょっと聞きたかっただけだ」


 倉瀬はネットの情報がどれだけ信憑性あるものなのか確認したかった。そして藤署長の説明を聞いて判断したことは、


(やはり信用出来ない)


 ということである。


 個人を特定される状況であれば、情報には責任と信用が圧し掛かってくるため、嘘はつけない。その人物に悪意がない限り。


 だが、その情報を発信したのが誰か特定出来ない場合、そこで交わされる情報というのはまず信用出来るものではない。参考にすらならない。


「わかりますよ、倉瀬さんの考えていること」


 藤署長はそんな倉瀬の脳内を見透かすかのように、にやりとほくそ笑んだ。


「とりあえずもう一度よくご覧になってください。何を感じますか?」


 乗り気ではなかったが、署長に促されるまま、倉瀬は改めてプリントを一枚、一枚めくっていく。


 そのうち奇妙な事に気が付き始めた。


(一〇五式火炎放射器……?)


 大小様々な、いくつかの異なるネット掲示板において、同時発生的にある情報が語られている。


 それは、マッドバーナーが使う武器が実は既知の兵器ではなく、世に出ることなく封印されてしまった闇の兵器――旧帝国陸軍が敗戦間際に開発した、たった一台の高性能火炎放射器、「一〇五式」であるという話であった。


「変に思いませんか? ほとんど同日に噂は発生しているんです」

「前々から流れていたのでは?」

「さっきの交通課の彼にも詳しく聞いたんですが、これ以前には書き込みはなかったようです。もちろん、片手間の遊びで調べただけみたいですので、また今度詳しく調べてもらおうと思うのですが、まず間違いなく情報の発生は――2ヶ月前、9月末になります」

「偶然だな。じゃなければ、誰かが意図的に情報操作でもしない限りは、こうも同時多発的には――」


 そこまで言って、倉瀬は口を閉じた。


 意図的な情報操作。


「と、思いませんか?」


 してやったり顔の藤署長が、倉瀬の表情を楽しそうに観察している。自分はいま、まさに苦虫を噛み潰したような顔になっているんだろうな、と倉瀬は思った。


「誰が、何のために?」

「それはわかりません。でも、もしも誰かが何らかの意図を持って情報を各方面でばらまいているとしたら、どういうことだと思います?」

「む」

「ちっぽけな糸口ですし、まるっきりの見当違いの可能性が九割。でも、どんな内容であれ、怪しいものであれば検証してみる価値があると思いませんか?」


 倉瀬は黙ってプリントを睨み続けていた。


 やがてそのプリントを三つに折って、スーツの内ポケットに差し込んだ。


「藤さん、ちょっと出かけてくる」

「宜しくお願い致します」


 藤署長はいま一度頭を深く下げてお辞儀をした。

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