第6話 殺人鬼の孤独
チャイニーズマフィアのドンの養子で、今は連続殺人鬼。
俺ほど非常識な人生を送っている人間もそうそういないだろう。まるで冗談のような境遇だ。
そんな中で、辛うじて普通の生活を送れているのにはわけがある。
リウの親父は、俺にとって父親代わりの存在ではあったが、日本の戸籍上の親となるには色々と不都合があった。そこで、日本で彼に協力している男が、俺の父親となるよう裏で工作をした。
法律には詳しくないから、どうやって俺を赤の他人の息子に仕立て上げたのかは知らない。とにかく物心つく頃には、戸籍上は「遠野学円」という男の息子となっていた。
リウの親父は、親父でありながら、生みの親でもなければ戸籍上の親でもない。俺にとっては不思議な立ち位置にある人だった。
「リウの親父は、俺のことをなんか言っていたか」
「爸爸? 『あいつ、盛大に焼いているそうじゃないか』って。ちょっと嬉しそうだったわ」
「あの人は危機感というものはないのか。俺に武器やら耐火服やら供給してくれているのはありがたいが、いくらなんでも、殺人鬼に加担していることがバレたら――」
「何言ってるの。いざとなれば証拠なんて一瞬で隠滅するわ」
「一瞬で、か」
親父の組織ならたしかに可能だろう。
裏を返せば、オレが何かヘマをやらかせば、容赦なく抹殺できるということも示唆している。
親父にとって俺の存在などちっぽけなものなのだ。
「あの人は、俺がマッドバーナーとして人を焼いているのを野放しにして、何を考えているんだろうな……」
「爸爸の思惑なんて、今も昔もわからないじゃない。考えてもしょうがないわ。それよりも今度のイブの殺しのことよ。ターゲットはまだにせよ、場所は決まったの?」
「今まで東北か、関東ばかりだからな。京都で一回。そろそろ、名古屋か大阪で動いてもいい頃かもしれない」
「大都市ばっかり」
「別に異論はないが、俺は大都市ばかり狙っているわけじゃない。タイミングさえ合えば、山奥の村で誰かを焼き殺したっていいんだ。しかし気分はよくない」
「良心が咎めるのかしら?」
「違う。少人数の中から一人選ぶより、大勢の中からたった一人を選ぶ方が、苦労は少なくて済む」
「ほんと気が小さいのね」
リーファは苦笑して、新しい煙草に火をつけた。
「だったら気分転換に踊りに行かない? 新山下に素敵なクラブが出来たの」
「なぜ、そうなる」
「煮詰まっているときは踊るのが一番よ」
「そこは堅気の連中が集まる場所なんだろうな」
以前、彼女の口車に乗せられて横浜のダンスクラブへ行ったのだが、その時は複数の客と揉めた挙句、結局ボコボコにされて店から追い出される羽目となった。耐火服を着て人を焼く分にはいいが、生身の体で格闘となると俺の専門外だ。
あの時、ボロ負けして傷だらけになり、コンクリートの上で唸っている俺を指さし、
――弱いわね、アキラ
とリーファは嘲笑っていた。さすがにあれには腹が立った。
「大丈夫よ。あそこで踊っている連中はみんな堅気よ。今日はストリート形式で、横浜と名古屋のチームが戦うみたいだけど、どっちも普通の高校生・大学生で作られてるダンスサークル。極めて平和的」
「名古屋のチーム。そういうことか」
さっき俺が名前を挙げた候補地のひとつだ。なるほど、それもあって、彼女はわざわざダンスクラブへ俺を誘ったのだろう。
すなわち、そこで目ぼしい人間を物色し、殺したいと思う相手がいたらそのままターゲットに設定して――焼き殺せ、ということなのだ。
「接点もないから、丁度いいわ。あなたは金沢、相手は名古屋。動機も特にないんだから、まず正体がバレる心配はないでしょ」
「しかし、あの有名なエド・ゲインも、アンドレイ・チカチーロも、結局はボロが出て捕まってしまった。今の日本の警察は、その当時のアメリカやソ連の警察と比べて、遥かに捜査能力は進んでいる。どこから俺の正体が漏れるかわかったもんじゃない」
「エド・ゲインは知ってるわ。『悪魔のいけにえ』でしょう。でも、アンドレイって誰だったかしら」
「アンドレイ・チカチーロは旧ソ連で五十人もの人間を惨殺した、正真正銘のシリアル・キラーだ」
「ふうん。よく知らないけれど」
「殺人鬼にありがちな、社会的に孤独な男だったようだ。」
彼は、能力は極めて優秀だった。軍隊でもその後の新聞社でも、それなりの名声を得ていた。
それなのに凶悪な連続殺人鬼として歴史に名を残してしまった。
彼を殺人鬼たらしめた要因はいくつも考えられる。
例えば、父親はナチスの収容所から生き延びたにもかかわらず、「生き恥だ」と罵られていた。例えば、小学生のときには、「おかま」とあだ名をつけられて馬鹿にされていた。例えば、愛し合った女性との性交で不能状態となり、混乱したチカチーロは色々な方法で自分の精力を高めようと奔走した――等々。
だがそういったことが直接の原因となって、彼を殺人鬼の道へと追い込んだのではない、と俺は考えている。
この世界は、「理解される人間」と「理解されない人間」、この二種類に分けられてしまう。
大半の人間は、「理解される」側に回る。「理解されない人間」は、ごく少数である。
この、「理解されない人間」に区分けされた者は、それでも社会の輪に入ろうと努力する。ところが社会は、彼を決して理解しようとはしない。「理解されない人間」は、それでも輪に加わろうとする。そのうち、なぜ自分が理解してもらえないのか、もどかしさや不満や悲哀を胸に抱き続ける。
やがて長い歳月の間に歪みは積み重なってゆき――爆発する。
その爆発がよい方向へ向かえば、アインシュタインのような天才を生み出すのだろう。
しかし負の方向へ向かえば――最悪の場合、殺人鬼となる。
「なに、ボーっとしてるの? 話の途中で黙り込んじゃって」
すでにコートを羽織り、出かける準備をしているリーファが声をかけてくる。
「ああ、すまん」
アンドレイ・チカチーロの話をした途端、急に彼の生涯について、色々と思いを巡らせてしまっていた。柄でもない。精神的に疲れてしまっているようだ。
「ターゲット云々は抜きにして、純粋に気晴らしで踊りに行くかな……」
俺が呟くと、
「そうよ、そうすべきね」
リーファはうなずき、俺に向かって手を差し出してきた。エスコートのつもりらしい。
俺は苦笑し、彼女の手を取る。
こんな光景を妻に見られたら、八つ裂きにされるな――と思った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます