あの子は結局

 予想よりも濃い体験をした遠足から帰って来た金森は、ゴロンと布団の上で寝転がってスマートフォンを眺めていた。

 遠足の内容そのものは遊びの延長なのだが、一応は学校行事であり、自然に触れて地球環境への関心を高めるといった建前の動機が存在する。

 また、本当に遊びとして終わらせるわけにもいかないので、学校の側からは課題が出されていた。

 内容は、調理実習の内容や海で遊んだ時の感想を書くという、学級新聞のような簡単なものだが、それでもA4の紙を一枚埋めるというのは中々に骨が折れる作業だ。

 文字で全てを埋めようとすれば、架空の友人と出来事をつくり出さなければならない。

 また、ブラッドナイトや洞窟のことを書けば、先日のトイレで騒いだ事件も相まって、担任に精神科をお奨めされてしまうことは間違いない。

 そのため、金森は大量にできるはずの余白を写真で埋める予定だった。

『さ~すが彼氏持ち、誰得ツーショットばっか送ってきやがりますわ。誰がこんなの課題に使うか!!』

 金森はうっかり写真を撮り忘れてしまっていたため、友子や友美に写真を募った。

 しかし、スマートフォンに届くのはニコニコ笑顔の友子が照れる彼氏にキスをするふりをする、というような、本人たち以外には特に価値の無いツーショットばかりだ。

 見る側の羞恥心を妙に刺激する黒歴史気味の写真たちに、金森は苦笑いを浮かべた。

 しかし、しばらくスクロールしていると、海や調理実習中の班員の写真が出てくる。

 金森はホッとすると、写真を自宅のプリンターから印刷して、ペタペタと紙に貼っていく。

 あっという間に、綺麗にレイアウトされた、なんちゃってレポートが完成した。

 金森が自信満々に課題を見返していると、軽快な通知音が鳴る。

 赤崎だった。

『赤崎~? 面倒くさいわね。PDFなら、まだ読んでないっての』

 赤崎は金森が眠っている間に知り得た情報をPDFにまとめ、MOTINを通して送ってきていた。

 内容は簡潔に分かりやすくまとめられ、適宜、注釈が入ったり、フリー素材のイラストが使われていたりと、工夫を凝らされた赤崎の傑作だった。

 しかし、相手は連続した文字の列を見ると、強制的に瞳と脳がシャットダウンする金森だ。

 おまけに、金森にはファンタジーへの耐性と言うものが一切ない。

 わざと自身から遠ざけてきたわけではないのだが、あまりゲームや漫画を見たことのない金森にとって、赤崎が良かれと思って入れた例え話はノイズにしかならなかったのだ。

 基礎能力値がアップするとか、覚醒キャラがどうとか言われても、金森には何一つピンとこない。

 金森が訝しげに赤崎のアイコンをタップすると、そこにあったのは「早くPDFを読んで、俺と幻想を語り合おう!」という催促のメッセージではなかった。

『昔の、子供の失踪事件?』

 赤崎が送ってきたのは古いインターネットのニュースだ。

 どうやら赤崎は、どうしても開いてしまう課題の余白を、インターネットで調べた海にまつわる情報で埋めるつもりだったらしい。

 そうやって情報を探している内に、金森に送って来たニュースを見つけたのだという。

 そこには少年の失踪と、目撃情報を求める内容が載っていた。

 少年は、海付近での目撃情報を最後に行方をくらませており、最初から最後まで一人きりで行動していたことから、家出の線が濃厚とされている。

 ただし、少年は成績が優秀で、家庭環境は良好だった。

 不穏だが、いってしまえばよくある事件だ。

 しかも、随分と昔の事件の記事をなぜ送って来たんだ? と、金森は首を傾げていたのだが、記事を読み進めている内に、赤崎の意図に気が付いた。

 少年は、金森たちと同じ県の同じ市に住んでいたのだ。

 また、細かい場所はボカされているが、記事にある海は金森たちが遠足で訪れた海だったのだと察することが出来た。

 加えて、同じようにボカされて書かれた少年の背格好が博士と重なる。

『……これって、あの子なの?』

 赤崎は『二十年以上前の事件だから関連性はないかもしれないが』ともメッセージを送っているのだが、

『逆に、そのくらい昔の方が、辻褄は会うのよね。だってあの子、もうそのくらい長い間、あの洞窟で暮らしていたみたいなんだから』

 と、金森は記事の内容と博士に関連性を見た。

 子供のように見えていた博士だが、単純に過ごした年月を考えれば、もう三十代のおじさんだった。

 だからこそ、迷惑をかけられた分も合わせて、金森は彼の頬を少し強めに抓ってやろうかと思ったのだが、実際にスベスベの頬を掴み、子供らしく慌てる博士を見たら、思うように抓ることはできなかった。

『結局、何だったんだろ、あの子。あんなところにずっと独りで、ずっと研究ばかりで』

 赤崎には、共に幻想を追う同士。

 清川にとっては、意地悪で享楽的な、なんとも掴みどころの無い少年。

 そして金森には、博士は、優しい、寂しがり屋のこどもに見えていた。

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