階段を駆け下りてさようなら

 博士たちの話が一段落ついた頃、ちょうど金森も記憶を見終わって目を覚ました。

「う~、なんか、瞬きもせずに、映画を何十本も見させられた気分……」

 夢を通して、記憶を見させられ続けた金森は、眠ったはずなのにむしろ疲労が増して、ぐったりとしていた。

 可能ならば、温かな毛布に身を任せて二度寝してしまいたくなる。

 しかし、得体のしれない洞窟のベッドを我が物顔で占領し続けるわけにもいかない。

 仕方なく、金森は重い体を無理やり引きずって、モソモソとベッドから這い出た。

 睡魔を消し去ってしまうため、大きな欠伸をする。

 そして思い切り両腕を上げ、グーッと背を伸ばしながら辺りを見回す。

 すると、金森の起床に気が付いた赤崎がキラキラと輝く瞳で近づいてきた。

「おはよう、金森響! もう体調は良いのか? 俺たちはなあ! とにかく楽しく、含蓄ある話をしていたのだ!」

 赤崎は、ファンタジーの過剰摂取でかなり舞い上がっているようだ。

 知り得た情報を、大きな身振り手振りで一方的に金森に捲し立てている。

 寝起きでかつ疲れ切った金森にとって、やかましい事この上ない。

「うるっさいわね。私には楽しくないし、含蓄もないから話さなくていいってば!」

 あからさまに顔をしかめ、ギュム―ッと両耳を塞ぐが、赤崎の堂々とした、

「いいから少しは話を聞け! 俺が強大なる力を持っていることは周知の事実だが、実は! 清川藍にも特別で強い力があったのだ!!」

 という言葉は、両方の手のひらを突き抜けてガンガンと鼓膜を揺する。

 金森はもう一度「うるさい!」と吠えると、以降は赤崎を徹底的に無視することに決めた。

 すっかり乱れてやつれた髪を手櫛で結い直し、綺麗なポニーテールを作る。

 そして、ふわりと浮いて自分の元へとやってきて、

「おはよう、もう気分は良いのかい?」

 と、手を振る博士のふっくらとした頬をモチッと摘まむ。

「ふぇっ!? な、なんだい? もしかして、まだお水のせいで大変なのが続いているのかい? もう少し眠っていてもいいから、もうモチモチするのは止めておくれよ!」

 博士は高速モチモチから逃れようと両手をばたつかせ、身をよじって逃げようと必死だ。

「むぐぐ、分かっていても、モッチイッとは、抓れないわね。モチッてやるつもりだったのに」

 金森は恨めしく呟くと、優しい手つきで博士の頬を弄んでから放し、そのままポンと頭を撫でた。

 博士は目を丸くしたまま、ぬるく温まった両頬を押さえている。

「さて、私はもう随分と長く、それこそ二十年以上の時を過ごした気分だけれど、実際には何時なの?」

 そもそも、金森たちは遠足で海に来ていた。

 当然、集合時刻もあるのだから、いつまでも此処で遊んでいるわけにはいかない。

 博士は、白衣のポケットから真っ黒い懐中時計を取り出すと、「ああ……」と残念そうな声を出した。

「お喋りをしていたら、もう五時半みたいだ。僕としてはもう少し」

「五時半!? はぁ!? 集合は六時よ!? ヤッバ!! 急がなきゃ間に合わないって! ほら! 早く、あそこの岩壁を開けて!!」

 移動時間や着替えの時間を合わせると、ちょうど三十分近くかかる。

 間に合わなくはないが、のんびりしてられるほど時間に余裕もない。

 両手をふんわりと広げて首を振る博士の言葉に、驚愕した金森の絶叫が重なった。

 彼女はそのままモチモチの頬を包んで揺らした後、部屋の奥の方にある岩壁を指差す。

「わぁぁ、どうして君は、そんなに僕のほっぺで遊びたがるんだ! 大体、どうしてあそこの壁が開くって、ああ、そうか」

 金森は、この部屋の記憶を見た。

 そのため、博士が部屋に訪れたマボロシたちを、岩壁の後ろにある階段から現実世界に帰していたことを知っていた。

「分かったよ、今、開けてあげるから。全くもう! 騒がしい人だなぁ」

 金森の両手から逃げた博士が宙を泳いで、ふわふわと片手を振ると岩壁がゴゴゴと重い音を立てて開いた。

「ほら、赤崎たちも早く! さっさと帰んなきゃ、大目玉食らう!!」

 赤崎たちに声を掛けてから、幅の広い下り階段を勢いよく駆け下りて行く。

「コラ! そそっかしいな、お前は。下りは慎重にならなければ転ぶぞ、ってお前は!!!」

 真っ暗な階段の下の方から、「キャー」という高い悲鳴と、ゴロゴロっと何かが転がっていく痛ましい音がする。

 赤崎の忠告は届かなかったようだ。

「藍、私達も行きましょう。あの道は暗くて急ですから、気を付けていても金森さんの二の舞になりかねません。念のために、髪を巻いておきますね」

 守護者はふんわりと清川の体に髪を巻き付けると、触角を右手の先に巻き付けて軽く引いた。

 急かされて階段を駆け下りる刹那、寂しそうに手を振る博士に手を振り返したのだが、彼には届いただろうか。

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